世界遺産とは何か

長崎県が申請を却下された『キリスト教関連遺産』の世界遺産登録に関して、あらためて不備な部分を補強して再提出しようとしているらしい。

私も長崎出身なので、他の土地の人よりは少しはキリスト教(カトリック)について知っている。私自身はキリスト教徒ではないので客観的に見ることができるだろう。

そもそもユネスコが進める世界遺産というものが、観光資源の掘り起こしに利用される金儲けの手段となり下がっている点は嘆かわしいことだと以前から考えていた。

ゴミが多すぎるとして一時登録が却下されたのは富士山だったが、エベレストには世界中の登山隊が残して行った酸素ボンベなどのゴミがごろごろしているとされている。アタックキャンプのテントなども丸めて捨ててあると言う。

世界遺産登録が金儲けのためなのか名誉欲のためなのか、あるいは保護なのか区分がはっきりしていない。

群馬にある富岡製糸場に来る観光客が文化遺産登録後に倍増したという話があって、『世界遺産はカネになる』というどこか間違った解釈が全国に広がった。

大型の貸し切りバスが何台も連なってやって来る光景は、予算規模の小さな自治体にとってよだれが出るほど羨ましいのかも知れない。

まんじゅうやキーホルダーが飛ぶように売れるのだとか。

と同時に日本は大きな矛盾も抱えている。紀伊半島にある熊野古道問題だ。

「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されたのは2004年のことだった。

熊野古道の中でも最難所とされるのが八鬼山(三重県尾鷲市)だが、その麓にある名柄集落の山道には、道であれ岩であれ樹木であれ色とりどりのペンキで猛烈な落書きがされている。

その文面は「世界遺産反対」「たかり古道」「登山者を歓迎しない」などと書かれている。つまり地元の住民によるものだということがはっきりしている。

何故なのか理由を調べてみたい。

名柄集落の住民は言う。「八鬼山は先祖代々私たちが山菜を取り、林業をいとなみ、狩猟をしてきた土地です。私たちは地権者なのです。それが何の相談もなく世界遺産になってかつての自由な生活ができなくなりました。登山者は落書きを見て悲しくなるといいますが、あれを描いて一番悲しいのは地権者の私たちなんです。あの意思表示は最後の手段です」

ことの起こりは市の教育委員会が、それまであった普通の山道を「熊野古道」という立派な名前に変えて、観光客や登山者を誘致しようと画策したことだった。

そのために登山者を保護する観点から狩猟を禁止する。

それが引き金となって畑を荒らす獣害が増加する。山菜も穫れなくなった。

2001年。「熊野古道を世界遺産に」という話が持ち上がり、市と市教委が結託して登山道の両側50メートルをバッファーゾーン(緩衝地帯)として木材の伐採や枝打ち、山菜採りの禁止などといった地元の地権者の権利を無視する行政に出てしまった。禁止しなかったとしても観光客が増えてしまってからでは、伐採や木材の運び出しは事実上不可能になっている。

世界遺産登録に必要な測量に地権者は立ち会うことができず、市は市議会に対して「地元説明会で地権者の同意を得た」との虚偽報告をしている。

地元地権者は言う。「いま八鬼山では林業はおこなえない。狩猟も禁止されているので、増えすぎたイノシシやシカに畑も山も荒らされている。世界遺産以前の自由な裏庭状態を返してほしい」と。

八鬼山はスギやヒノキの名産地であるにも関わらず、林業ができない状態におかれていて、文部科学省の外局団体である文化庁の記念物課では「地元の動きを尊重するしかありません」と」しているが、その際の「地元」が市教委なのか地権者なのかがはっきりしない。要するに責任逃れをしているだけだ。





この『熊野古道問題』が象徴的に表しているのは「行政が一度始めた計画は相当な抵抗があっても強行される」ということであって、ダム建設によって水没する集落の問題だとか、道路建設によって田畑を奪われるとかの反対運動が全国各地で起きている。

その一方で、地元と行政自治体がタッグを組んで進めようとしているのが世界遺産なのだが、その根拠が怪しすぎるのだ。

日本にイエズス会が入り込んで来たのは1549年のフランシスコ・ザビエルに始まる。

長崎に『聖母の騎士修道会』という組織があるが、イエズス会とは『騎士団』すなわち軍事的な要素を兼ね備えていて、それが「ローマ教皇をプロテスタントからお守りする」という目的が会の発端だからだ。『聖母の騎士』そのままだ。

豊臣秀吉の九州征伐は天正14~15年(1586~7年)だが、その際に当時の日本イエズス会の準管区長だったガスパール・コエリョが、スペイン艦隊が自分の指揮下にあるかのような言動を取ったことから秀吉は『バテレン追放令』を出す。

イエズス会の東インド管区の責任者だったアレッサンド・ヴァリニャーノはコエリョの軽はずみな言動を厳しく非難しているが、こうした攻撃的側面を持っているのがイエズス会(騎士団)の本質である。

つまり長崎や熊本の天草を中心とする隠れキリシタンとは、言ってみればイエズス会が持つ攻撃的な側面を敏感に察知した秀吉が、弾圧したことに端を発していることがはっきりする。

キリスト教の教えそのものが危険なのではなく、それらを先遣隊として後ろに控えている凶悪な侵略者を秀吉が見破った格好になっている。

イエズス会という組織はイグナチオ・デ・ロヨラやフランシスコ・ザビエルらによって創設された修道会だが、世界各地への宣教を本旨としていた。南米や南太平洋を植民地にした原因は彼らが作っている。

つまり長崎に残っている教会群の建築的価値を主張するのであれば、同時並行して日本が執った禁教令の理由とイエズス会の本性をしっかり掘り起こす必要がある。ただ有名になって観光客が来ればそれで良い、といった幼稚なことでは済まされない問題なのだ。




キリスト教に騎士団があったように、日本の仏教界でも武装した僧侶「僧兵」がいた。武蔵坊弁慶を知らない人はいないだろう。

だからイスラムに武装集団があっても何もおかしくはないのであって、長崎には『聖母の騎士修道会』がある。

歴史を語る場合には一面だけで判断してはいけない。表と裏があり、それが光と影だからだ。

長崎のキリスト教関連遺産をあげつらうことは光の部分だけを主張しているのであって、韓国が併合期における日本からの被害ばかりを言うのもまた影の部分だけを主張していることに他ならない。

秀吉がバテレン追放令を出したあたりの歴史教育は適切にやってるんだろうか、教育委員会は。

熊野古道といいキリスト教関連遺産といい、どうも教育行政が悪い意味で絡んでいるらしい。




知ってた?





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粋な花見

その公園にはベンチが四つある。

公園と言っても遊具があるわけでもないただの空き地だ。

夏休みになると近くの子供たちがラジオ体操に集まる場所だ。

ふだんは老人クラブの人たちがゲートボールをやってたりする。

今日も三つのベンチは地下足袋姿の翁と媼で埋まってる。

誰が植えたか桜の木が3本だけひっそりと生えている。

あまり手入れはされてなさそうで枝ぶりも貧相だが、いっぱしに花を咲かせている。

ご馳走を持って花見に来るほどのものではないが、ベンチに腰かけて見上げながら、そよ風に吹かれる分にはちょうど良い。

ボディバッグに入れて来たステンボトルのほうじ茶をカップに注ぎながら、頂きものの「かるかん」の袋を開く。

鹿児島や沖縄のお菓子はやたら甘いのが少なくないが、山芋で作られた「かるかん」は上品な甘さで私の好みに合っている。しかも季節限定なのか桜色になっている。

「こんにちは」

見知らぬおじいちゃんが声をかけてくる。

「となりに、よろしいかな?」

この公園の常連なのだろう、私の方が滅多に来ないからだ。

「咲きましたなぁ」桜を見ながらひとりごとのように彼は言う。

横に座り、ステッキを足の間に立てて両手を重ねる。

「八重桜、のようですね」と私。

「そうそう、けっこう長く咲いてるんだよ」

「あ、よろしかったら一ついかがですか」かるかんを差し出す。

「ありゃ、まんじゅうかと思ったらかるかんか、こりゃなつかしい」

「お茶もどうぞ」

「あんたはこの辺の人かな?」

「ええ、この坂の途中に住んでます。でも滅多にここまで登って来ないんですよ。無精者んだから・・・」

ひよどりが飛んで来て、桜の花にくちばしを突っ込んでいる。

ここ数日肌寒かったのだが、今日の風は気持ち良い。

「風さそう花よりもなお我はまた・・・」私が言いかけると老人が「春のなごりをいかにとやせん・・・内匠頭ですね」

「や、ごちそうさん」そう言い残して去って行った。




花見はこれくらいがちょうど良い。

暑苦しいのは粋じゃない。




本当のことを話そう

戦後の日本はGHQによって徹底的に戦前の日本を打ち壊すことに集中されていたのであって、戦前までの日本と朝鮮の関係は圧倒的に日本が有利だったわけ。

なぜならば白人社会に本気で歯向かったのは日本人が初めてだったから。

焼夷弾や原爆で焼き殺してでも、殲滅しなければならなかった相手。そしてかろうじて勝利した。

そこでアメリカは、日本と朝鮮の格差ができるだけ少なくなるように画策した。

つまり日本は朝鮮に対して頭があがらないように、朝鮮は日本へ上から目線で来るようにわざと仕向けた。

それは朝鮮族がどうのと言うよりも、アメリカの戦後政策でもあったわけ。

逆二等辺三角形よりは、二等辺三角形の方が安定が良いからね。

勇猛果敢な日本人を徹底的に叩きのめすにはそのような自虐感を叩き込む必要があった。

だから天秤上は日本が上だったはずの日朝関係が、ほぼ均等になってアメリカの思惑通りになったわけだ。

朝鮮による反日感情とは「メイド・イン・USA」だったということさ。その方が戦後世界の秩序が作り易かった。

しかし金日成が思わぬ行動に出てしまう。朝鮮戦争だ。

ソ連はアメリカとの直接対決を避けようとしたが、中国の人民解放軍が北に味方した。

そのことで日本の軍事力をそぎ落としたアメリカは慌てた。

だから平和憲法などを押し付けておきながら、自衛隊の創立を求めたのもアメリカだった。

つまり現在の韓国の異常な「上から目線」とはアメリカの戦後政策の失敗によってもたらされたものだということ。

ルーズベルトとトルーマンが無能な政策をやった結果が、現在の安倍政権の重荷を作っているということ。

さらに河野や村山が頭を下げたのは、アメリカによる圧力があったからだという点。

日本の国力をこれ以上高めては危険だというアメリカの判断があったから。

韓国に「ごめんなさい」と言い続ける日本が好ましかったから。

今になってみれば、それが正しい認識でしょ? ちがう?

日中国交回復だなどといったデタラメなことをやる田中角栄はロッキード事件で抹殺してしまえ。

こうした裏舞台の全てを安倍さんが知っているからこそ、それを逆手に取っているんじゃないかな。

つまり今さら小沢とか出る幕じゃないってこと。

ひねりがあまりにも無さ過ぎるんだよね。

ましてや岡田がどうとかできるはずがないし、はっきり言って目障りでしかない。あんたが出れば出るほど票を失うよ、と。




アメリカの両党候補が誰になるかはわからないけれど、どっちにしても有能な政治家は期待できない。

ウソっぱちな「ノーベル平和賞」でも受け取ってご満悦になるだけだろう。

知らぬは日本の左翼ばかりなりってね・・・








花見時期

東日本大震災が起きるまでその存在を知らなかった。

福島県田村郡三春町の滝桜だ。樹齢は1000年を超えているとのことで、国の天然記念物に指定されている。

しだれ桜のみごとな巨木は、毎年4月中旬に開花するという。

地震が起きたのがまだ寒い3月だったから、つぼみの準備でもしていたに違いない。

前出の神津善行氏が言われるには、植物は基本的に動かないので、激しい地震などの際にはひどく驚くのだそうだ。普段は穏やかに出しているパルスがぴたりとやんで黙るらしい。

きっと5年前の滝桜もそうだっただろう。




日本には三大桜というものがあって、一つは岐阜県の淡墨桜、こちらはエドヒガンザクラ。

二つ目が山梨県の神代桜、こちらもエドヒガンザクラ。

そして三つ目が福島県の三春滝桜のベニシダレザクラ。(シダレとは枝垂れという意味ね)

いずれも天然記念物に指定されていて、樹齢は1000年以上。特に神代桜は2000年とも言われていてヤマトタケルに由来するとか。

一本桜だけにその存在感は大きいだろう。

逆に桜が群生しているのは青森県の弘前城公園(ソメイヨシノ)とか、長野県の高遠城址公園(タカトウコヒガンザクラ)が有名だが、圧巻なのはやはり奈良県の吉野山だろう。こちらは200種類3万本が色とりどりに咲き乱れる。

弘前城公園の桜は、その花びらが外堀に降り注ぐことから堀一面が桜色に染まる。その光景を「花いかだ」と呼ぶらしい。日本人の美的感覚は研ぎ澄まされている。




桜は基本的に幹や枝が黒いので、花が開くとその色合いが際立って来る。

酒を飲むなら夜桜なんだが、まだこの季節の夜遊びは寒い。

ポットに緑茶を入れて、ようかん片手に昼間の散歩が良いようだ。

それともどこかに緋毛氈でも敷いた茶屋でもないかいな。「おばちゃん、ダンゴひと皿ね」とか言って・・・(お前はしんベヱか。あ、忍たま乱太郎のことね)

お茶が飲める飲めるぞーお茶が飲めるぞー、っと。

しかし不思議な植物だ、葉っぱも出さない先から花を咲かせるのだからどれだけ向上心が高いのだろう。



皆さん、ご機嫌よう。


2018年問題

2018年2月という時期を良く覚えておきましょう。

大体2年後のことなんですが、3つの意味がある時期なんですね。

一つは誰でもがすぐにわかる平昌冬季五輪の開会式と閉会式のこと。

この期間中に朴大統領の任期が切れるというのが二つ目の理由。

だからその前年である2017年、つまり来年の12月には次期大統領を選ぶ選挙がおこなわれることになる。韓国の大統領って5年1期で再選は認められていません。

李明博に続く朴政権で韓国社会はガタガタになった。所得格差はアジア一ですよ。国民の1割がGDPの45%近くを所得するというのだから、これはもう李氏朝鮮時代に逆戻りした形になっている。

だから次の大統領がセヌリから選ばれることはほぼ不可能なわけ。

セヌリの国会議員が朴槿恵に誰も良い顔をしないのは、次期大統領を輩出することができないことがはっきりしてるから。つまり権力の座を失うことが目に見えているから。

韓国国籍の女性大学職員が、たまに日本のテレビ番組に出て来ては金切声でキンキン言っていますが、彼女の主張はこう。「韓国の反日はきわめて一部の人間であって、大多数の韓国国民は親日的なんです」。

しかしこの「一部の人間」によって舵を切られ続けているのが韓国の実態であって、百人に一人であれ千人に一人であれ「反日」を叫んだら誰も反論しないというのが韓国の実情。

この声を挙げている中心が韓国メディア。

そして慰安婦問題を叫んでいる挺対協であり、ベトナムに行った強姦魔の退役軍人たち。

これらのきわめて一部の者たちが国民全体の世論を形成していて、しかも再来年には野党から大統領が登場しようとしているわけ。

李明博と朴槿恵は対北政策を厳しくおこなった。その逆になるということは北の金正恩もわかっていることだから、戦争するぞ・するぞと言いながら時間稼ぎをしていれば良いということになる。

軍事境界線にほど近い位置に首都を置いている韓国は、戦闘再開なんて絶対に避けたいと思っている。李承晩の時の朝鮮戦争ではソウルは3日で陥落した。負けるとわかっている戦争をするバカなど世界のどこにもいない。

中国だってそれくらい解ってるんですよね。

すぐに戦争が始まることはないとタカをくくっているし、それを利用して南シナ海に出て来ている。「お主もワルよのう」と言うヤツですよ。




では、2018年の2月に3つ目の何があるのかと言うと、東京都知事の1期目の終わりが来るんです。舛添さんの当選認可鉦は2014年の2月に公布されている。

現在の彼の「なりふり構わない」態度を見ていると、2期目に期待していない節がうかがえる。つまり出馬しない可能性があるわけですよ。だから1期4年で吸えるだけの甘い汁を吸って、後は野となれ山となれ。ケツをまくって一逃げた~というわけだ。

そうでも考えなければ、韓国学校への貸与など考えられまい。

一度許可を出してしまったら、「出て行ってください」とは言えなくなってしまう。

舛添さんの後ろ盾ははっきり言ってS学会ですからね、S学会は次の知事候補を立てている可能性があるわけで、その人物が東京オリンピックの開会宣言をすると、まぁざっとこんなスケジュールなわけですよ。

どんだけ利権が動くんですか?




こういう2018年問題は、私が気付いてるくらいだからNHKをはじめとするメディア各社が知らないはずがない。

だけど不思議とどこも黙っている。

3つが3つとも韓国に関することだからですよ。だからみんな黙ってる。

皆さん、気付かないフリしてしっかり監視してやりましょうね。

あとね、韓国の観光地にあるいろんな施設の入場料が軒並み値上げするとか。2倍になったところもあるらしい。要するに「来るな」と言ってるわけですよ。

「買え」と言ったり「来るな」と言ったり、訳がわからん。







つるさんは・・・

以前書いた通り「へのへのもへじ」ってのは不機嫌そうな顔をしてると受け取っている人がいるらしい。

確かに口元が「へ」の字に」なっているから、考えもしなかった私の方が無頓着すぎたのかも知れない。

この「天下御免の素浪人」なるブログは暇つぶしに書いているだけで、別に副収入を得ているのではない。つまりランキングは気にしていないのだが、拍手が多いか少ないかは気分的に気にはなる。

このブログはプロフィールに書いた通り、硬派と軟派の二重人格で書いている。

ところが軟派なことを書くとあまり拍手がもらえない。

逆に嫌韓的な記事を載せるとヤンヤ・ヤンヤの喝采が集まる。

しかし考えてみれば、読んでくれている人が拍手をするとは限らない。

「隠れファン」を自称する人もいるらしい。

だから「へのへのもへじ」ばかりのブログにすると健康に悪いと気が付いた。

ぎんもくせいと日向ぼっこをするような、気楽な方向で暮らすのも悪くなさそうだ。

「つるさんはマメマメ虫」の方が好かれるのかも知れない。

軟派の比重を増やそうと思う。

つる三ハ

ただしそれは日本人としての主張を放棄したということではないので悪しからず。



皆さん、ご機嫌よう。






昭和の排泄物

以前の掲載記事で平成育ちは危ういという意見を述べたのだが、またもや自民党議員が失言を吐いたらしい。巫女がどうだこうだと言ったとか。

彼らは昭和の世代で、高度経済成長期とともに育ち「先生」呼ばわりされた。

あまり中身がないらしく、たび重なる議員の失言に谷垣幹事長も頭を抱えているそうだ。

これはどういう事かと言うと、「先生」呼ばわりされている間に、自分が本当に「先生」になったかのような勘違いをしているためだ。

よく「世の中には先生がいくつかある」として、教師と医師と政治家が挙げられる。他にも弁護士とか宗教家なども入るが、これらはことごとく胡散臭い商売ばかりだ。

「先生と呼ばれるほどのバカじゃなし」という言葉があるように、ほとんど蔑んだ呼び方だということに、もうそろそろ気付いた方が良い。

十二月の別名を師走と呼ぶが、この場合の「師」とは仏教の僧侶のことを指す。

修業を積んだ人格者でさえが走る回るほど忙しいといった比ゆ的な意味がある。

だから「師」とは自らが名乗るのではなく、周囲がその人格を認めて「師」と仰ぐのが本来の意味だ。

かつての教育現場には、なるほど「先生」と呼んでも差し支えないような人格者が(稀に)いたことは事実だ。

しかし今の学校にはほとんど「先生」はいない。居るのは教科書の中身を解説するだけの案内役だ。

生活指導とか言っても学校の中だけのことであって、通学路や家庭にまで足を延ばす教員は少ない。モンスター何とかがいるらしいから危険地帯に足を踏み込む冒険家はいないということだ。

医者にしても、大学医学部に支払った高額な学費を回収するために、患者を薬漬けにして病院経営を維持しようとする。医学生に尋ねると、心療内科を希望する学生が多いのだとか。口から出まかせで薬を投与することができるからだという。まさか本当ではあるまい。

弁護士は消費者金融の違法利息の取り立てがひと段落したことから、今度は交通事故の示談に口を出そうとしている。これってどこかで聞いた話だ。そう、アメリカの救急病院には仕事がない弁護士がたむろしていると聞いたことがあった。

司法試験に合格するためには、何年も冷や飯を食わされた連中だ。こっちもやはり元を取ろうとしているだけだ。

法律家が社会正義のために働くという夢物語は通じない。だったらなぜ彼らの多くが反社会的な左翼思想に走るのか。

これらには明確な矛盾点がある。

しかし一方で代議士には何があるかというと、ただの名声だけであって内容的な裏付けがほとんどない。

逆に人格的な欠陥品が国会や県議会、市議会などに集中しているように思えてならない。

なぜ彼らは腐敗するのか。カネが動くからだ。

いみじくも長崎選出の自民党議員のKが国会質問をしていたが、彼が県知事をやっていた頃に何をやったかと言うと、干拓でしょ、橋でしょ、道路でしょ、土建業の利益ばっかりやってた政治屋。

そのKが国会で何を言ったかというと、「地方には公共事業が足りない。もっと道路建設を」。バカだわこいつ。

干拓工事で得られた農地に、自分の子供が優先的に入植した騒ぎを忘れたのか。

県庁では百条委員会だ何だと言って大騒ぎになったじゃないか。

よどんだ水は腐れる。それが今の自民党であり、昭和世代の政治屋の中身のなさなんだろうと思う。

失言だらけの自民党と言い、どこへ行きたいのかさっぱりわからない民主党と言い、国民の政治離れは加速するように思えてならない。

民主党の議員も「睡眠障害にしてやる」とか言ってたし、この国の政治屋はレベルが低い。これって中国にとったら願ったり叶ったり、だよなー。

常識的な政党って、あそこしかねぇか・・・・






売れない人参

普通に考えればチャイナとは「支那(しな)」から来たことは簡単に想像できるのであって、だったらコリアとは「高麗(こうらい)」から来たものだろうということは誰にでもわかる話だ。

もし中国人が「支那人」という言葉を差別だとするのであれば、チャイナという呼称を国際社会に対して抗議する必要がある。

と同時にコリアもまた「わが国は高麗ではない」と言いたいのであれば、国際社会に対してコリアという呼称をやめるべく抗議しなければならない。高麗とは契丹によって攻め続けられた歴史しかないためだ。

高麗とは契丹の属国になり下がり、朝貢した歴史を持っている。何度も裏切っては降伏を繰り返した。




「朝鮮人参と高麗人参の違いは?」という疑問が良く聞かれるが、朝鮮人自身は自国で穫れるものを「高麗人参」と呼ぶ習慣があるのに対して、日本で栽培される日本産のものを「朝鮮人参」と一般的に呼ぶらしい。(詳しいことはわからないが)

だったら朝鮮半島は高麗なのかと言うと、どうもその辺になると自信がなくなるらしいが、コリアという呼び名に関しては異存がないそうだ。

どうにもつかみどころがない国だ。




ひところ、韓流ブームが日本列島を覆っていた頃に韓国料理もよく消費されていた。

女子会でマッコリを飲んだり、お父さんたちが行く場末のスナックなどにジンロがキープされたりしたものだった。

そうした時代にサムゲタンという鶏肉料理に松の実などに混ざって高麗人参がよく詰められていた。

もともと漢方薬なので独特の薬臭さがあるのだが、どうにも韓国料理っぽくて日本人にはエキゾチックな味がしたものだった。

ところが李明博の竹島上陸を境にして日本列島が一斉に嫌韓に傾いてしまい、韓国料理は嫌われ、居酒屋でマッコリやジンロを注文すると白い目で見られ、やがて高麗人参の輸入量も激減した。

あのネズミ男が調子に乗って天皇陛下の土下座を要求したためだ。

その言動が朴政権を崖っぷちに追いやってしまった。

一説によると朴槿恵は両親が暗殺されたことから人格的に正常ではない部分が多いらしく、周辺のスタッフを寄せ付けないのだとか。

李明博に続いてあのような人物を選んだということは、沖縄県知事に不適切な人物を選ばせたように外部要因が強く影響したらしい。




最近になって日本国内で、高麗人参を主原料とするサプリメントが売り出されている。消費量が激減したために在庫があふれているのだろう。

確かに栄養が行き届いていなかった江戸時代や明治・大正期には日本人にとって高麗人参も有効だったのかも知れない。

しかし戦後の日本は急速に経済復興を遂げていて、食生活のレベルは欧米化した。

生活習慣病などの問題はあっても、高麗人参に頼っていた貧しい食生活ではない。

ちなみに日本におけるキムチ人気はそこそこあるものの、ほとんどの消費者が「国産品」を選ぶのだという。

いわゆる「朝鮮漬け」と呼ばれる漬け物のことで、アミ漬けなどで味を調えても国産は国産だ。ホウキやチリトリならともかくとして、食品を韓国から仕入れてはいけない。あの国の衛生状態の悪さは世界が知っている。韓国人が日本の楽天やアマゾンで爆買いをしているのは円安だけが理由ではない。

また口蹄疫が起きたと言うのだから、開いた口がふさがらない。




だ・か・ら、本当に高麗人参が必要なのであれば、それは日本産の「朝鮮人参」にしなければならないのだ。

コリアの頭文字が「K」ではなく「C」だと言っている団体があるそうだが、日本の「J」より順番が先になりたいだけの理由。

だったら韓国空軍の戦闘機がどうしてKF-16なのか、韓国陸軍の自走砲がどうしてK-9なのか、戦車がどうしてK-2なのか説明してみなさいな。

話にならないという話でした。

セウォルの引き揚げは、まだかなー。





桜が咲くころ

近くの公園の桜がつぼみをふくらませている。

もう数日もしないうちに開くだろう。

窓から見える裏山には、森の中に野生の一本桜がある。

毎年、ソメイヨシノから少し遅れて孤高の花を咲かせる。

雑木林の中にあるので誰も近くまで行ったことがない。

遠くから眺めるだけだ。

とても大きな木で、十数キロ先からでもはっきり見ることができる。





サクラがどうして一斉開花するかと言うと、彼らなりの会話をしているのだという。

女優の中村メイコさんの夫である神津善行氏は作曲家という一面とともに早稲田大学理工学部の特別研究員という立場を持っている。

彼は1998年に講談社から『植物と話がしたい』という本を出版した。

早稲田の理工学部では、植物が発するパルスを研究したためだ。

キャベツに包丁を入れると悲鳴をあげる。もともと動かない植物の鉢植えを動かすと、それまでペチャクチャとしゃべっていた植物が、ピタリと話をやめるのだとか。

これらはいわゆる音波ではない。

動物の耳に届くような『音』ではなく、あくまでも微弱電波の『パルス』なのだという。

水中のクジラが何百キロも離れた仲間と情報交換するというのと似ているのかも知れない。

神津氏は中国原産の植物が発するパルスを調べて『ふるさとへ帰りたい』という実験的な音楽を作曲したことがあった。

パルスを人工的に音へ変換させて『キューン、キューン』とスピーカーから抽出して、エキゾチックなBGMを付けるのだ。

その解説の際に『桜並木が一斉に開花するのは、「みんな準備はいい? せーの!」と言ってるからですよ』と言っておられた。

何となくほほえましい話だと、よく覚えている。

だとすれば、あの裏山の一本桜はどういったタイミングを自ら図っているのだろう。

花が終わった頃にフクロウがやって来る。

夜更けに『ホッホウ、ホッホウ』と聞こえて来ると、都会に住んでなくて良かったなとしみじみ思う。

老けたせいなのかな・・・




平成事情

考えてみると平成28年だ。

つまり22歳で大学を卒業したとして22+28で50。

現在の社会人のほぼ過半数が、平成時代の社会しか知らない可能性が高い。

平成ってのは極端な言い方をすればバブル景気がはじけ飛んで真っ逆さまに坂道を転がり落ちた時代の幕開けだったわけ。

アベノミクスだ何だと今でも言っているくらいに、本格的な回復にはまだ至っていない。

小泉が明言を吐いた。『自己責任だ』と。

民主に政権を持たせたのも、ある意味では国民の『自己責任だ』ったのかも知れない。

マニフェストだか何だか知らないが、日本経済を徹底的に破壊したのはこいつらだった。何ひとつ有益な結果を残していない。

全てにおいて素人の集団だったから、霞が関の官僚たちに良いように玩具にされただけの政権だった。

ガソリン税を撤廃するの何のと言っておきながら、結果的にはどじょうが消費増税を持ち込んだのも、財務官僚にコントロールされてたからだし、コンクリートからヒトへと言いながら八ッ場ダムの建設工事は止められなかった。

宇宙人が沖縄で『最低でも県外』とやらかした後遺症はいまだに続いている。

負の遺産しか残していない。





先日広島の中学校で生徒が自殺した問題の原因を教員が作っていたことが暴露された。

今度は神奈川の藤沢で生徒が授業をボイコットする騒ぎが起きている。

事の顛末はこうだ。

昨年4月、2年生になったばかりの生徒が、白血病を患っていたことから服用していた薬の副作用で吐き気を訴えた。

授業中に保健室へ行きたいと申し出たが、教員は『吐き気ぐらいで授業を抜けるのか』と返事したという。

生徒はその場で泣き出し、翌日から約2週間不登校になった。

通学を再開しても当該教員の授業だけは拒否しているとされ、9月になって保護者から相談を受けた市教委は初めて事実を知ったという。

現在はSNSが発達していることから、広島にしても藤沢にしてもこのテの情報はすぐに拡散する。中学生らは自分のこととしてLINEに書き込むからだ。

だからこれまでと同じような対応で処理しようとすると、教育委員会は足元をすくわれる。

現場の教員は平成時代の社会しか知らないために窮々として生徒ひとりひとりの表情や態度を見守る余裕を失っている。

広島の場合は、万引きという事実にない情報をもとにした進路指導が原因だったが、なぜ別の生徒の名が入力されたのか、実際に万引きをした生徒は推薦を受けている事実をどう考えるのかといった混乱が今も続いている。

学年主任による私立高校への『人身売買ではないのか』といった疑惑まで持ち上がっている。

疑惑はあくまでも疑惑でしかないが、藤沢の出来事を考えれば、この職業はどこまで素人仕事を許すのかといった不安をかきたてられる。

平成28年だから、すでに平成生まれの社会人がどんどん巣立っているのであって、経済的な余裕のない社会で「ゆとり教育」を強要されバランスの悪い育てられ方をした子供たちがこれからの社会の中心になろうとしている。




これからの小学生や中学生に言いたい。

『逃げるべき時は、お逃げなさい』と。

辛坊するほどこの国の価値は高くない。




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