猫じゃらし

つくづく日本は成長していないなと感じることがある。

北朝鮮がミサイルを打ち上げたと言えば、どの放送局も新聞社もそれにかかりっきりになる。
国会審議などお構いなしに。

芸能人が薬物違反で逮捕されると言うと、猫も杓子もそれだけを追う。
原発事故の汚染水などなかったことのように。

イスラム国で日本人が人質になれば、これまたそれだけが問題であるかのように騒ぐ。
韓国で拉致されている記者のことなど忘れたかのように。

騒ぐなとは言わない。
しかし一斉に足並みをそろえる必要はどこにもない。
それが国民の耳目を集める格好になって、どさくさに紛れたい奴らが好き勝手をしやすくさせている。

4~5匹の猫がネコジャラシのようなもので注意を引かれて、一斉に右を向いたり左を向いたり。
YouTubeのオモシロ動画としたらそれで成功しているかも知れないけれど、日本国民が猫になって一斉に右を向いたり左を向いたりしている。
しかもバカにされていることに気付かない。
幼稚園のお遊戯会での「チーチーパッパ」と似たような物だ。
本当に日本はコントロールの国になってしまっているらしい。

新型の iPhone が発売されるからと言って、並んでまで買う必要がどこにあると言うのか。

もっと他にやるべきことはないのか。
文化的開発途上国のニッポン人よ。





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朝鮮総連本部ビルの行方

以後の記事がわかりやすいように、ちょっと Wikipedia を引用してみます。

(引用ここから)

株式会社マルナカ(Marunaka Company, Limited)は、香川県高松市円座町に本拠を置く日本の小売業者である。なお本項目では同社と同じ事業を展開している株式会社山陽マルナカ(さんようマルナカ)および、以前この2社を傘下に収めていた創業家による持株会社の株式会社マルナカホールディングス(旧商号:株式会社マルナカ開発)も併せて解説する。

資本上においては「マルナカ」と「山陽マルナカ」は親子関係ではなく兄弟会社の関係で、現在はいずれもイオングループの企業となっている。一方で「マルナカホールディングス」そのものはイオン株を所持している法人株主のうちの一社である。

両社は元々地場のスーパーマーケットグループであったが、2011年11月25日にイオンが「マルナカ」を子会社化、「山陽マルナカ」を完全子会社化した。

代表取締役会長であった中山芳彦は『瀬戸内の暴れん坊』の愛称を持つ。イオン譲渡以前の旧体制下では、中山社長夫妻と資産管理会社のマルナカホールディングス(旧:マルナカ開発)がほとんどの株式を持つ非上場企業で、毎年日経未公開株上位にランクされていた。

大都市圏への出店を加速させるため、2009年(平成21年)より関西圏への集中出店と本社及び拠点を神戸市の六甲アイランドに移転する計画や、関西圏での店舗数が30店舗になる2011年(平成23年)を目処にマルナカと山陽マルナカで共同持株会社を設立して経営統合することを発表した。2011年(平成23年)10月に実質持株会社であり不動産開発を行なっていたマルナカ開発をマルナカホールディングスに事業再編を目的に社名変更させた。

2009年(平成21年)に香川厚生年金会館(ウェルシティ高松)を買収。全館リニューアルを施した上で4月に「ホテルパールガーデン」として開業、ホテル事業に進出した。さらに2010年(平成22年)10月には、テーブルマーク株式会社(旧・株式会社加ト吉)の子会社である加ト吉フードレックから「琴参閣」と「観音寺グランドホテル」を買収し、ホテル事業の拡充を図っている。

山陽マルナカは2012年、奈良県奈良市のイオンタウン富雄南の核店舗として、マックスバリュ富雄南店をオープンした。「マックスバリュ」はイオンが従前から展開しているスーパーマーケットのブランドであるが、山陽マルナカでは初の「マックスバリュ」店舗となる。また、奈良県への出店やイオンタウンへの出店も初となった。

マルナカホールディングスそのものはイオンに譲渡したストア事業を切り離す形で再編。マルナカ本部から独立し、それ以外のグループ会社(不動産業・ホテル等レジャー業・物流業など)の持株会社兼事業運営会社として再スタートを切ることになった。そのため2012年2月3日、高松市中新町に新社屋を建設した。 2014年3月にマルナカホールディングスが東京都千代田区にある朝鮮総連中央本部の競売に参加し落札した。入札額はモンゴル企業よりも低く22億1千万円であったが、モンゴル企業が不適格となったためマルナカが落札した。

(引用ここまで)

さて、マルナカとイオンと総連本部ビルの関係が大体ご理解いただけたかと思いますが、朝鮮本部ビルの土地建物を22億1千万円で落札したマルナカHDは所有権移転にともなって総連側に明け渡しを求めていました。
東京地裁はマルナカへの売却を認めたのでしたが、総連側が最高裁まで争ったために、2014年11月まで所有権が移せませんでした。
結果的にはマルナカへ所有権が移ったのですが、この時間稼ぎの間に総連が担ぎ上げた政治家が居ました。

山内俊夫という香川県丸亀市出身の元議員が介在します。この人物、マルナカの前社長であり上記で言う『瀬戸内の暴れん坊』と関係があった人で、四国で不動産業を経営しています。
2008年には自民党福田康夫改造内閣において文部科学副大臣にまで上り詰めましたが、その後自民党を離党して改革クラブ(のちの新党改革)へ移籍。第22回参議院選挙に出馬せず政界を引退しています。

この人物が仲介(本人が産経新聞の取材にて事実を認める)して、マルナカの所有にあった総連ビルの物件を山形県の不動産会社に44億円で転売契約を結ぶ。
山形県酒田市の「グリーンフォーリスト」は、2015年1月28日に44億円の入金手続きを済ませ、法務局に所有権移転登記を申請。
「グリーンフォーリスト」の所有物件となった場合、あらためて在日本朝鮮人総連合会が賃貸という形で合法的に入居し続けると見られているわけです。

この不動産がらみ、もっと言えばバブル崩壊後の不良債権問題の後処理に関しては、小泉元総理の従兄弟である鹿児島の僧侶だとか、モンゴルの怪しげなペーパーカンパニーだとか、魑魅魍魎がうごめいて来たのでしたがここへ来て四国がらみの新たな元政治家という人物が登場した格好になったわけです。
マルナカが22億1千万で落札できたのも、モンゴルのペーパーカンパニーが故意に高額応札をしていた可能性があって、政治的な「咬ませ犬」だった可能性が高いわけ。
そして22億1千万で買ったものを44億で転売するというその差額はどこの誰に渡るのか。
そもそもバブル崩壊時に朝鮮銀行に公費を投入した国民の税金はどうなるのか。個人的な「儲け話」で終わらせて良いものか。
あるいは差額である22億円近い金額が、金正恩第一書記の軍資金になるのか。それを元にして日本向けの「危険ドラッグ」が作られるのか。そこは誰にもわからないけれど、少なくとも○オンが何らかで関係していそうなことは確認できる。

山内俊夫氏の経歴を掘り下げると興味深いものが出て来るかも知れないし、『瀬戸内の暴れん坊』にしても同様だろうと思うわけです。
そしてこうした四国を舞台とする不動産ビジネスが小売店業界が根っこにあって、それらと○オンが関係している。
その○オンの経営者一家から、民主党のフランケンシュタインが出て来ている。

つながってんじゃないですか?

私、むかし高松のアーケードの裏通りを歩いたことがあるんですが、みかん箱をひっくり返して腰を下ろした「いかにも」というお兄さんがたが、通りかかる通行人をジロジロと睨みつけていたことを良く覚えているんです。
あの街は、そっち方面で成り立つ部分もあるんだと直感しましたね。今はどうかはわかりませんが。
まだ高松駅の裏から宇野行きの船が出ていた時代ですよ。まだあるのかな?

分かり易い名前ではないですか。『瀬戸内の暴れん坊』なんですから。


近年の公職選挙法違反

2013年7月の参議院選挙において、香川県の高松市で票の不正操作事件が発生し、公職選挙法違反で3名の逮捕者が出た。
実際の投票者数よりも開票数が300票足りないことに気付いた彼らは、行方不明になった票を探すのではなく、無効票である白票を300水増しして済まそうとした。
こうして得票数が確定したが、その後に集計していない候補者の票が見つかる。
犯人らは、過去の白票を混ぜたり、未集計の票をシュレッダーにかけたりしたとされている。
繰り返すが、これは国会議員を選ぶ、国政選挙なのだ。

2014年12月14日に投開票が行われた衆議院選挙において、仙台市青葉区の選挙管理委員会で集計操作が行われた。
同選挙区で投票者数を二重に計上するミスがあり、その手違いを修正するために集計担当者が白票の水増しをおこなっていたものである。
これは期日前投票の971人を二重に計上したことから起きたケアレスミスだが、この処理を白票の数字合わせで処理しようと考えた選管事務局選管課長の責任が問われている。

同じ日の衆議院選挙で、京都市伏見区の開票所で、次世代の党の比例代表1500票が一時、共産党の票に紛れ込み、誤って集計されていたことが判明する。

実はこれら開票の集計時における作業に当たる人員は、地方自治体の職員が動員されることになっているが、ここには国籍条項が規定されていない。
そして、特定政党の支持者が紛れ込んでいてもそれを排除する規定が何も成されていないのが現状だ。
つまり、地方参政権で外国人の権利が問われているけれど、こうした国政選挙の集計が故意に操作されていてしかも外国国籍者が堂々と介入できる状態にあるわけだ。
彼ら外国人に参政権が認められなくても、得票総数を根本からいじられてしまうと、何の対策にもならないことになる。

滋賀県知事の選挙結果がどうなったか、佐賀県はどうだったか、沖縄県はどうだ。それらに外国人の意志が入っていないとは誰も断言できないだろう。
投票行動ではなく、集計上で操作されてしまっては元も子もないのだ。

若年層の投票率が年々下がっていることに危機感を募らせた政府は、啓発運動を進めているようだが、私に言わすれば「頓珍漢」の対応だ。
こうした不正操作が横行していることは、中年や高齢者ではなく若年層の方がよほど詳しく知悉している。
そうであるならば、彼ら若年層の投票率を上げるにはどうすれば良いのか。

はっきり言おう。
もう投票用紙に鉛筆で記名投票する時代は終わっている。
集計で悪さをしようと企む輩は、その記名を見てポケットに入れたり破ったりするわけだ。
特殊な機械を通さなければ読み取ることができないような記入方法でチェックシートに代えるべきだ。
どれが白票だか有効票なのか、見た目にわからないようにするべきだ。

そうでなければ、日本の左翼議員はいつまでたっても減らないだろう。

舛添のリコール運動にしても、いくらでも裏で操作できる状態にあることに気付くべきだ。
S学会なら、それくらいのことは朝飯前でやってしまうだろう。


皆さん、ご機嫌よう。



のたうち回る左翼

辺野古の基地建設準備現場で、海保による暴行が相次ぎ反対派市民に怪我人が続出しているという。

また、イスラム国に人質にされている邦人がいるのは安倍政権の外交上の失敗だとする市民デモが起きているという。

さらに、共産党の女性議員がツイッター上で、イスラム国に絡む安倍政権の外交を『言語道断だ』と厳しく非難したものの、志位委員長から苦言を呈されて削除した。

これら一連の混乱をどう読むか。



日本国内における左翼の集団が、末期的状況に置かれている一時的な現象ではないかと思われる。

絶命間際になるとのたうち回る、あの獣のような姿を連想してしまう。

つまり彼らは危機感を募らせているわけだ。何にか。それは安倍政権の「普通の国にしたい」という願望に基づくものだ。

集団的自衛権など、日本人だから騒ぐネタになるけれど、諸外国では「当たり前」のこととして話題にも登らない。

「沖縄に新たな基地は造らせない」と言うが、あれは普天間の代換基地であって、増設という意味ではない。むしろ危険度が下がるのだから沖縄県民は歓迎しているはずだ。

ではなぜ反対運動をやっているのか。それは、本当の沖縄県民ではないからだ。

のたうち回っている獣が、沖縄で海保に「当り屋」のようなことをし、イスラム国を題材にして国会議事堂を取り巻いている。

見え見えであることは世界中が気付いている。



もちろん思想の自由は保障されているのだから右が居ても左が居ても問題はないのだが、下手な理屈で非合法な行動に出ると排除されるのが法治国家のルールだ。

それもどこかの隣国の資金だとか人的労力だとかが供給されていたとすれば、国家的な危機に直面していることになる。

右であろうと左であろうと、日本人であればこの危機に立ち上がらねばならない。

開けっ放した縁側から、誰か知らない者が上がり込んで来ている。



安倍政権の財政再建化計画には疑問符が付くところではあるけれど、外交上の明確な失策は今のところ出ていない。

騒ぐのであれば、アベノミクスを相手にしてはどうか。

それほどの知識はない、ってか?





洗濯おわったよ~

家庭内における私の仕事は、洗濯と食器洗いと風呂掃除だ。
食器洗い機を奨められたが「二人暮らしなのであまり必要を感じない」と断った。
洗濯器は女房どのの希望で、ずっと二槽式を使っている。理由を聞くと「衣類の痛みが少ないから」だと言う。確かに細かな調整が利く。
つまり我が家の白物家電はかなり遅れている。

冷蔵庫は4年前の東北大震災の直後に壊れた。
コンプレッサーが回らなくなって冷えない。
近くの大型家電店に行ったが、どこも在庫を切らしていた。家電製品に限らず、中古自動車や食料品などの多くが被災地に集中していた頃だった。
取り寄せは道路の混乱でいつになるかわからないと言われた。
店内に展示してある商品は、安値が付けられていたが「このお値段は、すぐに高くなりますよ」と耳元で教えられた。
展示品を「現品限り」という方法で買うしかなかった。
少々値が張ったが、消費電力がいちばん少ない最新型に決めた。
当時はエコ家電のポイント制度を政府が実施していたが、手続きが面倒だったので領収書は破って捨てた。

電子レンジは約25年ほど前に、仕事上の取り引きがあった通信特機の代理店の担当者が、当時の最高機種を挨拶代わりに置いて行った。
電話帳のように分厚い説明書に、いろんなレシピ集が載っていたが、女房どのはもっぱらミルクを温める程度で、オーブンの必要がある時はトースターを使っている。
私も肉まんを温める程度だ。
それにしても日本製の電子レンジというやつは故障しないものだと感心させられる。(言うほど使ってないじゃないか!)

どこかの番組で言っていたが、冷えたピザを温め直す方法は、レンジやオーブンを使っちゃいけないんだとか。
ピザの美味しさは水分だから、水分を飛ばすやり方は間違いなんだと。
ではどうするかと言うと、テフロン加工のフライパンにピザを乗せて油は引かず、周囲に霧吹きで少し水をかけるのだとか。その上でガラス蓋をして1~2分火にかけるだけ。
これが正統派なんだとか。
今度女房どのにやって見せよう。

こうして振り返ると、意外と家庭的な男でしょ?
そんなの当たり前?
すみません。

もう洗濯も終えてベランダに干して来た。
明日は小雪混じりになるとデータ放送が言っていた。便利な時代になったものだ。
テレビは5年ほど前まで、14年選手のブラウン管を使っていた。画面がフニャフニャになり出して、筐体をバンバン叩いて半年使ったが、とうとう映らなくなった。
今では液晶のハイビジョンとデジタル録画機を使っているが、女房どのが「ブルーレイが見たい」と言い出したので、近く買い替えようと思っている。
良い東芝の製品ががあるらしい。

これを書きながらキッチンを見回すと、昭和レトロと新型が混在している。
沸騰湯沸かし器は電気の無駄だと言って、いまだに象印の魔法瓶がある。博物館でも見ないものだ。
その横に最新型のIHジャー炊飯器がある。
一貫性がないと言うか、来客はどんな思いでこれを見ているんだろうと初めて思った。

コーヒーが冷めてしまった。
これだけは手抜きをしたくない。
別府葉子さんの『6月の雨』でも聴きながら、ネルドリップの用意をしよう。



二つの誘拐事件

韓国のことには触れないはずだったんですが、イスラム国で人質になった後藤健二さんと韓国政府によって拘束されている産経新聞の加藤達也前支局長の二つの立場がオーバーラップするわけです。
どっちが優先的に解放されなければならないのか。

首相官邸前で後藤健二さんの救出を訴える市民団体が押しかけているんだとか。
はっきり言って、何でも利用して政権批判をしたいだけの人々のような気がしてならないわけです。
「だったら産経の加藤さんはどうなるんだ」と。

後藤さんは出国に当たって「責任は自分にある」と明言して行ったのであって、日本政府に100%の対応責任があるわけではない。
どちらかと言えば、殺害された可能性が高い湯川さんの救出に当たったフシがあるのであって、民間軍事会社などといった戦争ごっこをしたい湯川さんのとばっちりを受けた可能性が高いわけ。

だとすれば加藤さんの方がよほど日本政府が動くべき役目が多くないか。

一方をテロだと規定するならば、韓国がやっていることもテロだということになる。
もう何か月留め置けば話が進むのか。拉致事件以外の何物でもない。

この加藤さんの問題を棚上げしたままで、国交回復50周年を祝おうとしてもそれは道理が通らない。
両国の友好を主張するのであれば、仏像と記者を返した上で語られる必要がある。それは世界のどの国にしても同じことなのだ。

外務省が後藤さんの救出に全力を注げば注ぐほど、実は韓国で拉致されたままになっている加藤さんの負担を強いていることになる。
官邸前に集まる市民団体に対して、「味噌クソ一緒にするんじゃねぇ!!」と怒鳴りつけるメディアがないことが、我が国の汚点である。



ラヴィ・シャンカルのこと

フラメンコ、タンゴと来たので、避けては通れないインド古典に少しだけ触れておきたい。

かつて現役時代の私は、決して穏やかな性格ではなかった。

「バカヤロー」と思ったら、適当に手を抜くべき個所のことで現場監督と怒鳴り合うことが少なからずあった。

まさにテレビドラマの『マッサン』で、「オレのウイスキーだ」と言うと、社長から「お前のウイスキーなどどこにあるんや。これは会社のもんだ」と言い返される場面に相当する。

返す言葉がないのだが、悔しくて悔しくてたまらない。

その日の帰りは決まってヤケ酒だった。



そんな私の姿を見た先輩が、一本のビデオを貸してくれた。

「腹が立った時に見ろ。気分が落ち着くぞ」と言って。

それはインドの古典音楽を現代風にアレンジした、シタール奏者のラヴィ・シャンカルのミュージックビデオだった。

独特の音色が延々と続く。

決して穏やかなテンポではないのだが、心がすっと落ち着くのがわかった。

これは本物だと直感した。

知人に頼んでそのテープをダビングしてもらい、何かあるたびにそれを聞いた。

ラヴィとは『師』という意味だそうで、簡単に言えば『シャンカル師』ということになる。

まさに私の精神的な師匠だったような気がする。



その時の先輩の奥さまから、昨年暮れに喪中葉書が届いた。





アルゼンチン・タンゴについて

先日、鬼平犯科帳にかこつけてフラメンコ・ギターの話をしたんですが、こうした舞踊とミックスになった民族音楽というのは世界各国にあって、当然のことのように音楽だけでも優れた芸術性が求められるわけです。

いろいろとあるんですが、私はタンゴも好きなんです。それもダンスがメインなのではなく、きちんとした音楽として。

タンゴには、ヨーロッパを中心にして広まったコンチネンタル・タンゴと、南米のアルゼンチン・タンゴとがあります。

本家はアルゼンチンの方なんですが、そのルーツはどうやらドイツからもたらされたものだという理解が一般的らしい。

と言うのも、アルゼンチン・タンゴで使われるバンドネオンという楽器は元々ドイツの楽器であって、すでに制作する楽器職人はアルゼンチンにしか居なくなっている。

それに対して、ダンス音楽として流行させたヨーロッパ、特にフランスがバンドネオンの代わりにアコーディオンで代用させた。

どうやらこの辺から、アルゼンチンとコンチネンタルの味付けが変化して来ているような気がするわけです。

コンチネンタルで代表的なのは「奥様お手をどうぞ」。いかにも上流階級のダンス遊びの音楽でしょ?

それに対して本家であるアルゼンチンの方はどうか。

「バンドネオンの嘆き」とか「ラ・クンパルシータ」だとかと、とにかく人生のシビアさを謳い上げているわけ。たまに来日コンサートなんかがあっているんですが、生演奏を聴くと鳥肌が立つような凄みがある音楽なんです。

私は昔、タンゴ愛好家で作るバンド(5人編成で、スペイン語でキンテート)から、バンドネオンをやってみないかと誘われたことがあった。

触らせてもらったのだけど、右も左もスイッチのようなボタンしかなくて配置もばらばら。とにかく分かり辛い楽器で即座に辞退したことがありました。

アコーディオンのように大きくなくて、「手風琴」と呼ばれたほど小さな楽器でした。

ところがアルゼンチン・タンゴで一旦この楽器が叫び始めると、ホールいっぱいを震えさせるほどの大音量を奏でる。

初めて聴く人を一発で魅了する楽器です。

人から「最近はまっているものは?」と聞かれて、「タンゴ」と返すとほとんどは社交ダンスのことを連想するらしく変な顔をされる。

しかし、ファン・ダリエンソ楽団の『エル・チョクロ』を聴いてからにしてほしい。

バンドネオンの音色の何と切れ味の良いことか。

バンドネオンのソロを楽しむのであれば『バンドネオンの嘆き』が良いだろう。

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは南米のパリと呼ばれていて、街の造りは清潔できちんと整っている。アルゼンチンの全人口の96%が白人で構成されています。

1930年代のスペインにフランコという独裁者がいたことから、文学や音楽の正統派たちがマドリードからブエノスアイレスに脱出したんですね。

芸術文化の流出どころか、そのほとんどが引っ越したわけです。

スペインでの内戦を受けてパブロ・ピカソがゲルニカを描いたのが1937年でした。私はフラメンコが好きなぶんスペインの近代史も知っておく責任があったわけ。

1936年から1939年まで続いた内戦は、反ファシズム左派であるアサーニャ率いる人民戦線と、フランコ率いるファシズム陣営の反乱軍が同じファシズムだった当時のドイツ・イタリアを巻き込んで内戦状態に持ち込んだわけです。

この延長線で第二次世界大戦へと発展することになるわけですが、そうした時代背景を『アルゼンチン・タンゴ』は抱えているわけ。

『奥様お手をどうぞ』なんてのんびりしたことを言ってられなかった。

だから非常にこの音楽は緊張感があって迫力が他の音楽とはだいぶ違う。

アニメ「あたしんち」に出て来る「お母さん」が鼻歌で歌う『情熱の赤いバラ~』という民族性がそのまま出ているのがアルゼンチンなわけ。

そういったことを把握した上で、もう一度『バンドネオンの嘆き』を聴いてみると、単なるダンスのバック演奏ではないことがすごく良くわかると思います。

誤った捉え方かも知れないのだけど、私にとったらフラメンコにせよタンゴにせよ、あれは踊るためのものではなく、聴くためのものだと思っています。



YouTube で『宮田定洋 バンドネオンの嘆き』と検索すると、duo倭yamatoというファイルが出て来ます。私の感覚的には最もスタンダードな演奏が聴けるような気がします。

切れ味の鋭さで言えばファンダリエンソ・キンテートレアルの『Felicia』が最高なんだけど、あまり欲張っても仕方がありませんね。

ああ今日もまた熱く語ってしまった。



皆さん、ご機嫌よう。







鬼平犯科帳

日本の文化の好きな物、ということで書き出したんですが、やはり江戸時代を舞台背景にした池波正太郎先生の『鬼平犯科帳』が好きなんですよ。

犯罪を犯す立場にも二通りあって、根っからの悪人と止むなく引きずり込まれる悲しい話とが織り交ぜられていて、それを捕える立場の役人にも複雑な人間模様が描かれている。

水戸黄門だとか桃太郎侍とかの単純な「勧善懲悪」で終わらないところが池波文学の奥深いところだと思う。

わたし、過去に数カ月間入院してたことがあったのですが、その際に文庫本でこの『鬼平犯科帳』を全巻読んじゃった。

ひと話ごとに毎回完結するんですが、その背景がつながっているから飛ばし読みができない。

(この、根は正直者だが咎めの責めを受ける罪人が、次回は鬼平の手下になってイヌをやるんじゃないか)なんて期待を持たせる作りになっているから憎い。

もともと文藝春秋が発行する月刊小説誌の『オール読物』で連載されたものだから、そうした作りになったらしい。

テレビ放送はフジテレビ系で放送されたと思うけど、松本幸四郎・丹波哲郎・萬屋錦之助・二代目中村吉右衛門が主演を務めた。

文庫本の第六巻に『大川の隠居』という作品があって、2001年に放送されたスペシャルでは今は亡き大滝秀治さんが特別出演していた。

スペシャルで好きだったのは、2006年放送の『凶賊』という作品で、場末の小汚い小料理屋で芋酒(いもざけ)を出すのが小林稔侍、平蔵が一人で飲んでいるところへ菰をかかえて入って来る夜鷹が若村真由美。

「こりゃ失礼しました」と言って店を出ようとする夜鷹に「なに気にするこたぁねぇよ。ささ、入(へぇ)んな。寒いのにご苦労さんだな。ま、一杯(いっぺぇ)いこうじゃねぇか」と徳利を差し出す平蔵。
とまどう夜鷹は店主の顔色をうかがう。小林稔侍が「いただきな」と言ってやる。
両手で伏しあおぐように盃を頂き、若村真由美が言う。
「お武家さん、あたしゃぁ嬉しゅうござんすよ。人間あつかいしてくださるなんて」
「おいおい、同じ人間じゃねぇか、おめぇも、おれも、このオヤジも」と平蔵が優しく声をかけるシーン。あれが好きだ。



エンディングのテーマ曲は、ジプシー・キングスの『インスピレイション』というフラメンコ曲だった。かなりキレの良い楽曲で、時代劇にこうした曲を選ぶのは『必殺シリーズ』から始まったのではないかと思う。

私はフラメンコも好きで、ご贔屓は『パコ・デ・ルシア』。アルバムはコレクションしている。ほとんど一般の店では扱っていないので、銀座の山野楽器まで通ったものだった。

ある年、クルマで帰省した際に墓参りで従姉妹の女性を乗せたら、たまたま掛けていたデルシアのフラメンコを聞いて、「あ、鬼平だ」と言って「インスピレイションを掛けて」と頼まれた。

その頃はまだ鬼平犯科帳のテレビドラマを知らなかったので、CDの頭出しを延々とさせられた。デルシアとジプシー・キングスの違いが二人ともわかっていなかったのだ。

なぜ鬼平にフラメンコなのかも私はわかっていなかった。

デルシアと言えばスペインの3大至宝と呼ばれていて、パブロ・ピカソとアントニオ・ガウディとパコ・デ・ルシアのことを指す。

ピカソとガウディは活躍の場がバルセロナだったが、デルシアはアンダルシアだ。

YouTube でパコデルシアと検索するとたくさんのファイルがアップされているので、その中で「Rumba」という曲を聴いて頂きたい。私のイチオシの曲です。 Entre Dos Aguas も良いね。

ちなみにジプシー・キングスはフランスのバンドだった。そうでしたよね別府さん。



あれ?

日本文化を語るつもりが、いつの間にかスペインに飛んでしまった。

こりゃまた失礼いたしやした!



日本の文化の好きなもの

嫌韓で売って来た本ブログではありましたが、最近はほとんど相手にすることがバカバカしくなって来て、そっち方面の話題に触れなくなりました。

呉善花教授が「相手にするな」とおっしゃるので、ご指示に従おうと思います。

というわけで、日本の良いところをいろいろと触れたいと思うのですが、思いを巡らせた場合に真っ先に思い付くのは『落語』なんです。

私が特に贔屓にしているのは柳家権太楼さん。出囃子は『金毘羅船々』。

あの方の『代書屋』は絶品です。( YouTube にup されているよ)

BS放送で落語研究会という番組が流れていた時分に彼の『芝浜』を観たのですが、権太楼さんはやはり腹を抱えて笑わせてくれる方が向いているような気がする。(そんなことを言うと叱られそうだけど)

思えば、日本を代表するような文化の多くは江戸時代の元禄年間の頃に生まれているような気がします。

もちろんもっと古い文化もあるんだけど、現代人でもすんなりと受け入れられるのはこの時代のもの。

例えば、外国から来る観光客は「忍者」のことが好きらしいんですが、太刀(たち)と刀(かたな)の違いがわかる人は少ないようです。

太刀と言えば、大相撲の土俵入りで「太刀持ち」という役目がありますよね。「刀持ち」とは言わない。

あれ、どんな違いがあるかわかる方いますか?

分かり易く言うと、源の義経が使っていたのが太刀、宮本武蔵が使っていたのが刀。

まぁ、それを知っているからどうだと言うことではないんですが。

こうした知識がさりげなく散りばめられているのが落語なんですね。

しかしどういう訳か上方落語が好きになれない。あきんどの世界で生まれた文化と、武家の世界で生まれた文化では微妙に「香り」が違う気がする。

「てやんで~べらぼ~め」とやられる方が心地良い。

まぁ、個人的な好き好きなのでご勘弁を。



笑点メンバーで言えば三遊亭小遊三さんのあの安定感は好きだなぁ。「便所でお尻を拭く会長(副会長)」などと自分を卑下していながら、余裕のある笑顔を見せている。

あんな歳の取り方は理想です。

どんな場所に出ても自分が自分であり続けられる、小遊三さんのような生き方をしてみたい。


うちのインコはそろそろさえずり始めたんだけど、早く温かくならないかなぁ~






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