各局のキャスターのお粗末さ

とくだネ! の小倉智明、ミヤネ屋の宮根誠司、報道ステーションの古館伊知郎、NHKニュースウォッチ9の大越健介。
どれもこれもひどい面々ばかりだ。
なぜこの国の報道番組はバラエティとの区別がつかないのだろう。

振り返ってみると、報ステの前身であるニュースステーションの司会者が久米宏だった。この番組がスタートしたのは1985年の10月であり、久米宏は同じ年の4月まで黒柳徹子とコンビを組んでザ・ベストテンの司会をしていた。
娯楽番組であることから、笑いを混じらせたくだけたスタイルが定着していたのであって、その印象のまま報道番組に採用されている。
TBSの朝ズバッ!ではみのもんたが司会を務めたが、彼もまたキャラクターとすればお笑い系のバラエティ向けでしかない。
まぁそれも良いだろう。昔からモーニングショーやアフタヌーンショーといったバラエティはあったのだし、それらと報道番組を混同させては彼らが可哀想でもある。

しかしとくだネ!の小倉智明はひど過ぎる。彼は笑いを取りに行くのではなく、皮肉を撒き散らしているだけ。非常に見苦しい。
ミヤネ屋の宮根誠司に至っては、事故報道などの際に素人じみた失言や行動が多すぎてとても安心して観られないだけではなく、不快感すら覚えてしまう。
古館伊知郎は元々プロレスの中継をやっていた人物で、その後F-1に乗り換えている。だから実況中継において様々な言葉を使って過度な表現をすることが要求される現場でばかり育って来ている。そのために政治や経済を扱う報道番組においても表現がオーバーになり過ぎる傾向が強い。
政経の時事については豊富なボキャブラリーがかえって足を引っ張ることがあるということに早く気付くべきだろう。
NHKの大越は、2011年の東日本大震災の折、福島第一原発が電源喪失したことを受けて東大大学院の教授で原子力工学が専門の関村直人を連夜に渡って解説者に呼び出した。
大越自身が呼び出したわけではないだろうが、結果として関村が連呼する楽観論で多くの国民は騙された格好になっている。
最大の誤報は「メルトダウンは起きていない」とするもの。他にも水素爆発が1号機で起きた際も「爆破弁を作動させたのではないか」と素人同然のような発言をしている。
これらの解説がことごとく覆されてしまい、とうとう関村は電波から姿を消すことになった。
つまりNHKは国民に謝罪しなければならなかったことになるのだが、何故か大越はその後何年も出続けていて、謝罪らしきことを口にしたことは一度もない。せめて姿を消すべきだ。

ジャーナリストらしい切り口で評価できるのはTBSの報道特集くらいのものか。
金平茂樹と日下部正樹の両氏は、情報を誇張するのでもなく笑いや悲しみに誘導するのでもなく、粛々と事実の報道に専念していて安心して観ることができる。
「特集【広島土砂災害】」の予告動画には、フェイスブック・ユーザーの「いいね!」が7,024も付いた。
これに対してフジテレビ系で24日に放送された「Mr.サンデー」で広島の被災現場を訪れた宮根は現地の警察官から「捜索犬の邪魔になる」と二度に渡って注意された。
報道業界はまさに「玉石混交」といった状態のようだ。

韓国では日本の産経新聞が検察庁から事情聴取を受けている。
その理由が中央日報などといった地元紙の社説が書いた「セウォル号沈没事故の際に朴大統領が一時行方不明になったこと」を伝聞として取り上げた記事が問題になっているとのこと。
産経が問題になるのであれば、発生源である他の新聞社にも責任を問われるべきだが、何故か産経のソウル支局長だけが重罪犯でもあるかのような取り調べを受けている。
これには産経が慰安婦問題に新たな展開の道を拓いたことへのしっぺ返しがあるものと考えられるが、それにしても幼稚な国だ。
まだ検察庁の段階だが、起訴されて裁判所送りになった場合、世界中のメディアが騒ぎ出すはずだ。
韓国の司法は、国際法よりも国民の民意を重視する傾向にあるため、世界的な常識が否定される危険性があることを世界は気が付き始めている。
ここへ来て産経の伝聞記事が有罪になった場合は、韓国との国際的な取引は全て引き揚げられることになるだろう。
韓国社会は断崖絶壁から真っ逆さまに落ちている最中だ。

ことほど左様にその国の健康状態を判断しようとすると、ジャーナリズムの状態を診ることは一つの方法かも知れない。
特に日本の報道自粛は昔から激しくて、インターネットが普及してからこっち、ネット情報と新聞テレビの情報がここまで離れてしまっていることに国民は驚いている。
一例を挙げるならば、インドネシアのポスコ製鉄所が爆発事故を繰り返している問題など、日本の新聞テレビは全くと言って良いほど報道していない。
これが単なる海外情報だからと考えるならば、海外貿易で成り立っている日本社会のジャーナリズムは失格だ。
インドネシアでの製鉄事業がとん挫したことによって、かの国は国内産業を守る目的で2009年にニッケル鉱石の輸出禁止の方針を発表していたが実施までには至っていなかった。
これとポスコの事故とが関連しているかどうかは定かではないが、インドネシア政府が守りに入ったことは事実のようだ。
高炉の爆発事故直後である2014年1月にニッケルの禁輸に踏み切っている。
ニッケルはステンレスの原材料であり、産出国はインドネシアの他にフィリピンとニューカレドニアしかない。
インドネシアの禁輸を受けて中国がフィリピンのニッケルに手を付けた。これによって国際的なニッケル取り引き価格がどんどん高騰している。
先物取引のヘッジファンドが介入したためだ。
日本の太平洋金属などの精錬所では、フィリピンのニッケル価格があまりにも高くなりすぎたので購入できない範囲に達しているとして「これでは中国も採算が取れるはずがない」と話している。
こういった問題につながりかねないポスコの爆発事故を日本のメディアは伝えようとしない。
タイヤが1本外れた状態で走っているタクシーのようなものだ。
このような状況下で、宮根や小倉が居るのでは明るい未来はまだ当分来ないだろう。



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神奈川新聞が掘る墓穴

今度は神奈川新聞が勉強不足もはなはだしいヘンテコリンな社説を載せている。
このような意見を堂々と掲載するなどは、恥知らず以外の何物でもない。

http://www.kanaloco.jp/article/76014/cms_id/95741

(引用ここから)

朝日新聞が従軍慰安婦の報道の一部が虚報だったと認め、記事を取り消した。それをもって、慰安婦が強制連行されたとの主張の根幹が崩れたと唱える論が横行している。
「木を見て森を見ず」のような、稚拙な言説である。

朝日が誤りだったとしたのは「強制連行をした」という吉田清治氏の証言だ。韓国・済州島で朝鮮人女性を無理やりトラックに押し込め、慰安所へ連れて行ったとしていた。

30年余り前の吉田証言は研究者の間でも信ぴょう性に疑問符が付けられていた。旧日本軍による強制連行を示す証拠は他にある。日本の占領下のインドネシアで起きたスマラン事件の公判記録などがそれだ。だまされて連れて行かれたという元慰安婦の証言も数多い。
研究者による公文書の発掘は続いており、新たな史料に虚心に向き合わなければ、歴史を論じる資格を手にすることはできないだろう。

強制連行を否定する主張はさらに、誤った記事により日本がいわれなき非難を受け、不当におとしめられてきたと続く。
しかし、国際社会から非難されているのは強制連行があったからではない。厳しい視線が向けられているのは、人集めの際の強制性のいかんに焦点を置くことで問題の本質から目を背け、歴史の責任を矮小(わいしょう)化しようとする態度にである。

問題の本質は、女性たちが戦地で日本軍将兵に性的行為を強要されたことにある。慰安をしたのではなく性暴力を受けた。兵士の性病まん延防止と性欲処理の道具にされた。その制度づくりから管理運営に軍が関与していた。それは日本の植民地支配、侵略戦争という大きな枠組みの中で行われたものであった。

歴史認識の問題が突き付けるのは、この国が過去と向き合ってこなかった69年という歳月の重みだ。国家として真(しん)摯(し)な謝罪と反省の機会をついぞ持たず、歴史修正主義を唱える政治家が主流になるに至った。

朝日が撤回した記事について、自民党の石破茂幹事長は「国民も非常に苦しみ、国際問題にもなった」と、その責任に言及し、国会での検証さえ示唆した。過去の国家犯罪の実態を明らかにし、被害国と向き合う政治の責任を放棄し続ける自らを省みることなく、である。国際社会の非難と軽蔑を招く倒錯は二重になされようとしている。

【神奈川新聞】

(引用ここまで)

まず「日本の植民地支配、侵略戦争という大きな枠組みの中で行われた」と断定している点。
インドネシアの件では「占領下」という言葉を使っておきながら朝鮮だけは「植民地支配」と言っている。しかしこれは大きな間違いだ。
日本と朝鮮は相互の条約に基づいて併合したものであって、植民地などという言葉を誤って使うと朝鮮の人々に申し訳ないことになる。日本は朝鮮を保護国にしたのであって、清国もロシア帝国も手を出せなくなった。

そしてインドネシアにおけるスマラン事件を引き合いに出しているが、これは明らかな婦女誘拐暴行の事案であって戦争犯罪として裁かれている。
つまり朝鮮における民間売春婦募集の案件とはまったく別の事案であって、無理やりこれを結び付けようとするところに論理の脆弱性を自ら露呈していることになる。
朝鮮における従軍慰安婦の強制連行を取り上げようとすれば、インドネシアのスマラン事件を持ち出さざるを得ないという素材の貧しさということになる。

「国際社会から非難されているのは強制連行があったからではない」
ここなどは「手のひら返し」以外の何物でもない。アメリカはグレンデール市に建てられた売春婦の少女像には何と書かれているか。「強制連行」と明記されていて、それが「セックス・スレイブ」と訳されていることが問題の本質ではないか。
「厳しい視線が向けられているのは、人集めの際の強制性のいかんに焦点を置くことで問題の本質から目を背け、歴史の責任を矮小化しようとする態度にである」
この部分はまさに河野談話を政府が検証したことによって日韓合作であったことが明らかになり、朝日新聞が誤報を認めたことによって韓国側の立ち位置がひどく悪くなったがための「方向転換」だ。
だからこの神奈川新聞の社説は、韓国系の記者が書いたものであることは明白になった。
「強制性のいかんに焦点を置くことで問題の本質から目を背け」とあるが、韓国の挺対協は元々「強制性」を問題にしていたのであって、そこが日本政府の検証作業によって意味を成さないことになったために攻撃方法を変更せざるを得なくなった。
だから「目を背け」たのは挺対協の方であることは明白なのだ。

では「問題の本質」と「歴史の責任」とは何だと言いたいのだろう。
「問題の本質は、女性たちが戦地で日本軍将兵に性的行為を強要されたことにある」
この「日本軍将兵」という部分を「アメリカ軍将兵」と置き換えた場合、それは朴大統領の責任問題になっている。
戦時中や占領中に婦女子との性行為を強要もしくは売買があったのは東アジアだけではない。世界のあらゆる土地で行われてきたことであって、それを正当化することはできないにしても日本だけに限った話に持ち込もうとするところに無理が生じてしまう。

「真摯な謝罪と反省の機会をついぞ持たず」、この部分も日本人が書いた社説とは思えない。
村山をはじめとする多くの政治家が何度も謝罪しているではないか。女性基金がカネも出している。まるで知らん顔を日本が続けて来たかのような誤解を与える文章は撤回の対象になる。
朝日新聞の轍を踏むことになるぞ神奈川新聞。
韓国系の人間に好き勝手な社説を書かせるからこういうことになる。
それとも日韓の関係を悪化させておきたい北朝鮮の企みなのだろうか。どっちにせよ、立派な社名を掲げた日本の新聞社が載せるべき記事ではない。恥を知れ。

全国に支社を持つような朝日があの有様だから、地方紙におかしな輩が入り込んでいたとしても何の不思議もないが、せいぜい社長が頭を下げざるを得なくなるような記事は控えるべきだろう。
購読停止を消費者から突き付けられてからでは遅い。
テキサス親父の動画でも観て、勉強し直すことだな。
ツラ洗って出直した方が良い。



死刑台のエレベーターに乗る朝日新聞

http://www.yomiuri.co.jp/politics/20140822-OYT1T50009.html

朝日新聞がいわゆる従軍慰安婦問題を巡る記事の誤りを認めて一部を撤回したことを受け、自民党政務調査会は21日、戦後70年となる来年に向け、新たな官房長官談話を発表するよう政府に求めることを全会一致で決めた。
(中略)
党所属の全国会議員を対象に開いた会合では、慰安婦問題で「おわびと反省」を表明した河野談話について、「談話を支える朝日報道が間違いだとわかった以上、取り消すべきだ」などと、政府に撤回を求める意見が相次いだ。
ただ、安倍首相が談話の継承を名言していることから、新たな官房長官談話を出すよう要請することで一致した。
(中略)
会合では「虚偽を垂れ流した朝日新聞には制裁が必要だ」といった批判や、記者会見で強制連行の有無を聞かれ「そういう事実があった」と発言した河野氏の責任を問う声も出た。
(引用ここまで)

自民党政務調査会が動き出しちゃった。
そりゃそうだよね。朝日新聞の誤報訂正記事はあまりにも国民を馬鹿にしすぎる内容だったし、誤報を出したことによる引責を誰も受けていないってんだから話にならないわけ。
朝日も朝日だけど、毎日も尻馬に乗り過ぎた感がある。まとめて両紙を処分しても良い感じはする。つまり春と夏の高校野球が両方ともなくなるということ。それと従軍慰安婦のねつ造とどっちが大事?
読売は箱根駅伝をやっているんだから、夏の甲子園を産経に任せても良いんじゃないかな。大学受験を考慮すれば春の大会はそろそろ終わりにしても良いような気がする。選抜なんだしさ。
それとも女子競技を増やすという手もある。ソフトボールなんかはどうだろう。
何か変な方向へ話が逸れちゃったようだ。

永田町の動きを見れば間違いなく何がしかのペナルティが朝日新聞に下される。
河野洋平はというと、カメのように首をすくめていた訳ではなく、あちこちの講演会場で好き勝手なことを言い放題にしていたのであって、安倍外交を強烈に批判もしていた。
だから自民党とすれば除名処分とかの検討が必要だし、市民団体から告訴される恐れもあるわけ。
そうなるとタダでは済まなくなって来るのが舛添東京都知事。
彼はもともと自民党に砂をかけて出て行った裏切り者だから除名も何もない。都知事選で宇都宮氏が勝つと面倒なことになると考えただけのことであって、まさか舛添がここまでやるとは官邸も思っていなかったようだ。
舛添は安倍内閣を飛び越えて中国と韓国への都市外交をやらかした。
ASEANはじめ世界各国に外遊して中国包囲網を作ろうとしていた安倍政権の計画を「オジャン」にしたのが舛添だった。
これへの批判も自民党政務調査会から必ず噴出するはず。
舛添を擁立したのは自民党と公明党だったから、沖縄県知事選挙を控えている連立政権は互いの顔色をうかがっている状態。
だから外科的手術を施すのは朝日新聞が先だというわけ。
この左翼メディアを叩くことによって、沖縄の各メディアへの牽制球にもなる。

つまり報道の自由だとか国民の知る権利だとか言いつつも、真綿で締め付けるように反日メディアを排除しようとする動きに出ているらしい。
これは個人的な見方をすれば、報道規制だとか検閲だとかといった、中道から右寄りに傾くのではなく、明らかに左に偏っていたものを中道に修正しようとする動きに思えてならない。
それほど、朝日新聞や日教組は偏りきっていた。
「日本は日本人だけのものではない」という発言が在日分子の口から吐かれたが、これと似たような思考を朝日や日教組はDNAの中に持っていたのであり、それがGHQの占領政策の重要項目だったことは今では明白な事実になっていること。
在特会のヘイトスピーチは暴走族と一緒で「単なる騒ぎたがり屋」が遊び半分でやっているだけのこと。彼らの背景には何の哲学もない。
だからと言って「しばき隊」が正しいのかと言うとそれも違う。
刺青を見せてヤクザ口調で睨み回す彼らのどこに社会正義があると言うのか。
彼ら両方を公安はどんどん逮捕すれば良い。そして逮捕歴を付け、社会的ペナルティをあらゆる面で負わせる必要がある。
たとえば運転免許の更新であるとか住民票の移動であるとか、あるいは国民年金の規制であるとか永住権の規制であるとか。

正しい理由があって原発やオスプレイに反対する団体がある一方で、日本社会が不利になるようにという不健全な目的で反対する輩が少なくない。
だから原発反対のデモの中に革マル派の旗が立ったり、オスプレイに反対するデモ隊の中に中国人留学生が紛れていたりする。
そもそも現在の沖縄知事である仲井真氏は徳田ファミリーの協力で当選したという情報があって特定の組織の利権がらみで当選した首長なわけ。
その徳田ファミリーの権威が地に落ちた今となっては、仲井真氏を当選させようにも自民党や公明党にはアイディアがない状態。
辺野古の埋め立てを進めたい自民党の石破がカネで民意を釣ろうとして大きな反発を買った。
そんな時代遅れの政治手法は、逆に反日分子に攻撃理由を与えたようなもの。石破の能力はこれで終わった。
石原環境大臣も「最後はカネ目でしょ」という一言で自滅してしまった。

安倍首相を取り巻く重要問題は少なくない。
国土強靭化計画という呼び名は立派だが、要するに国民の税負担を増やすという意味であり、一方で労働人口が減って来ている。
福島第一原発の凍土壁はいまだに凍らず、耐用年数を超えたタンクからは次々と汚染水が漏れ出て海へ流れている。
津波被害を受けた地域の人々は、仮設住宅に取り残されたまま世界から忘れ去られようとしている。
国土強靭化計画と東京オリンピックの決定で建設労働者が東日本へ集まらなくなっている。
国会議員の定数削減は遅々として進まず、違憲状態にあるとされる1票の格差問題も五里霧中の状態。
原発を止めたことで産油国が石油価格を上げたまま高止まりしている。
電力各社は電気料金の再値上げを要求し始めている。
非正規雇用の規制緩和と解雇の自由化を企む者が諮問委員会に紛れ込んでいる。
違法薬物は国内に蔓延している。
特別会計は官僚が抵抗するために消費税を10%にしなければならない。
円安誘導をしたために輸入食品が値上がりして個人消費が低迷している。
問題は山積している状態であって、左翼系から反日攻勢をかけられている余裕はどこにもない。
ましてや舛添のような裏切り者が繰り返し国益に反するような行為を続ければ、いずれ処断するしかなくなって来る。

その手始めが朝日新聞ということになるらしい。
フジテレビが見事に手のひらを返した理由は、この当たりの予測ができる能力を持つ人物がアドバイスしたのではないだろうか。






目前に迫る韓国の孤立

産経ニュース電子版(8/15)から。

(引用ここから)
朴槿恵(パク・クネ)大統領率いる韓国で、恥部といえる人権侵害の実態が解明されようとしている。1970年~80年代、路上生活者や障害者を強制収容し、暴行などで大量の死者を出した施設について、国会で真相究明の動きがあるという。韓国メディアは同施設を「韓国版アウシュビッツ」と呼んでおり、国際社会から厳しい目が注がれそうだ。
問題の施設は、釜山にあった「韓国兄弟福祉院」(現在は名称変更)。韓国紙・ハンギョレ新聞(日本語電子版)は先月、最大野党・新政治民主連合が、同施設の真相究明や被害者救済を目的とした特別法を国会に提出する動きを報じた。
法案作成に関わった同党の陳善美(チン・ソンミ)議員は「兄弟福祉院事件は社会的弱者を一掃しようとした国家次元の犯罪」と語るが、この施設で何が行われたのか。
ハンギョレ新聞によると、兄弟福祉院は釜山市と委託契約を結び、75年から87年まで、路上生活者や障害者、孤児を強制的に収容した。収容者は強制労働が課せられ、暴行も日常的だったという。結果、収容者約3000人に対し、死亡者は513人。何と17%が亡くなったことになる。
見過ごせないのが、こうした人権侵害が国家主導で行われた点だ。
韓国の内務部(現安全行政部)が75年に制定した「訓練410号」が根拠となり、「路上生活者の申告、取り締まり、収容、保護と帰郷および事後管理に関する事務処理指針」が規定され、同施設への強制収容が可能となったという。
報道通りなら、「日本軍による強制募集」の証拠が何一つ出てこない慰安婦問題とは異なる国家的犯罪ではないのか。
ソウル五輪(88年)前に、路上生活者やスラム街を外国人から隠すための“浄化作戦”が徹底されたことも、蛮行の温床となったようだ。
訓令410号が制定された75年は、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の統治下のため、娘の朴槿恵大統領にも批判の矛先が向きかねない。朴氏はいつも「人権」を持ち出して日本を批判するが、自国の人権問題にどう取り組むのか。
(引用ここまで)

人権問題で「アジアのホロコースト」とまで発言して日本を貶めようとしていた韓国は、今まさに墓穴を掘っています。
このところ大韓民国の株価が急落していて、何をやっても裏目裏目に出ています。
日本海を「東海」と表記させようといった選挙公約で韓国系市民の票をつかもうとした下院議員の候補者に対して、ワシントンポスト紙は公式に不快感を表明しました。
そして戦時作戦統制権の問題で、韓国とアメリカ軍の立場を「中韓癒着」を見て、引き揚げるべきだとする声がアメリカの議会に響き始めたんですね。
日本は韓国政府を無視する格好で北朝鮮と協議を始めているのであって、中国は日本と首脳外交を復活させようとしている。
つまりこのブログにおいて書いた通りに、韓国は孤立への道をひた走っているわけです。
間違いなく。

韓国と中国の経済は破綻寸前にあるのですが、中国は国土も人口も資源も何もかも桁外れに巨大なので、あの国が転覆しようものならかなり大きな津波が起こります。
でもまぁあの国は4000年の歴史においてスクラップ・アンド・ビルドを繰り返して来た国なので、他国に迷惑はかけてものらりくらりと人民は生き残るのです。
しかし韓国の場合はちょっと事情が異なります。
あの国の歴史は、常にどこかの強い国にすがりついてでしか生きて来なかった国であって、有史以来孤立という経験がないんですね。
だから四面楚歌の状態になることを最も恐れていなければならなかった国が韓国です。
しかし日本を敵に回し、アメリカを離れさせ、世界中で告げ口外交をやらかし、汚いスポーツしか演じず、スイスもイタリアもロシアまでも敵にしてしまった。
気が付いた時には誰も味方がいなくなっていた。
事大主義の国としたらこれは死活問題です。
それでも経済が何とかなっていたらまだ浮かぶ瀬もあったでしょうが、すでにGDPの落ち込みが顕著になって来ている。
韓国のように輸出立国でやって来た国は内需が育っておらず、エネルギーや食糧などはほとんど輸入に頼っていて、アメリカとのFTAでバンバン農作物が入って来ていたお蔭で国内農家はほとんど死に絶えている。
だから世界がそっぽを向くと韓国は石油も小麦も機械部品も何もかも入って来なくなる危険性があるわけ。
つまり北ベトナムが勝利した際の南ベトナムの人々が難民になってボート・ピープルになったような事態が朝鮮半島で起こりかねないというわけ。

つまり現在の大韓民国が潰れるということは、すなわち北による統一が完成するという意味になるんですね。
だから我々日本人は近い将来の朝鮮半島の予測をする場合には、社会主義の国家がお隣さんになるといった見方で今後をどうするかという目線が必要になって来ます。
当然ながら日本に暮らす在日韓国人の人々は流民になるのであって、永住資格の更新ができなくなる可能性も出て来るんですね。

大阪周辺でコミュニティを作った韓国系の人々は、済州島などで起こったアカ狩りから逃れて来た密入国者でしたが、次回は逆に社会主義から逃げ出して来る自由主義陣営の難民が北九州などに流れ着いて来るでしょう。
それでも彼らは言うのでしょうか。「日本から強制連行された」と。

覚えておくと良いですよ。
私のこの予想はあまり大きく外れないでしょう。
だから在日の人々は、あまり日本人といざこざを起こさない方が良い。唯一の居場所を居心地の悪いものにすると、その先どこへも行けないのですから妥協というものも必要です。
そして犯罪を犯さないこと。
カメのように首をすくめてひっそりと生きることです。

<追記>
LINEはヤバいよ







最も迷惑な国

韓国の尹炳世外相は17日、KBSテレビの番組で、実現していない日韓首脳会談について、「絶対にしないというわけでは全くない」と述べた。15日の朴槿恵大統領の演説に続き、日韓関係の改善への思いをにじませた形だ。
 ただ、尹外相は「会談を成果あるものにするには、十分な準備が必要で、条件が整わねばならない」と強調。
「来年は(日韓)国交正常化50周年でもあるので、日本が誠意ある措置を取れば、(会談を)考えないわけではない」と述べ、日本側の対応がまず必要との考えを改めて示した。
 その上で、「元慰安婦が生きている間に、問題をきれいに解決することが、日本のためにも良いのでは」と語り、従軍慰安婦問題の解決を急ぐよう求めた。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140817-00000044-jij-kr


日韓関係が冷え込んだのは、イミョンバクが竹島に上陸し天皇陛下の謝罪を求めたことから始まった。
つまり原因を作ったのはそっち。
その後パククネが基地外外交を世界各国でおこない、オバマを困らせたことが日韓の冷え込みを増幅した結果になっている。
つまりK国の政治や司法はK国国民の受けが良い方向に向いているだけであって、「それやれ、もっとやれ」とメディアから煽り立てられるがままに突っ走って来ただけ。
そうしたメディアの論調が急激に変化して政権批判に転じた潮目を読んだ政権が、手のひらを返したように日本政府との友好を口にし始めた。
すなわちK国が見ているのはあくまでも自国民の雰囲気でしかなくて、誰も外交目的の姿勢を示しているわけではない。
その証拠に、パククネも外相もこれまでの強気の姿勢をひるがえしては恰好がつかないので「条件付き会談」を一方的に日本へ言って来ている。
しかし日本は現在のK国と友好関係を取り戻すことへの価値を感じていない。
社会主義の防波堤といった地政学上の意味合いも、中韓首脳会談で崩れ去ってしまった。
唯一日韓のつながりが価値を見出すとすれば、それは日米関係の一点でしかない。
K国そのものには何の価値も日本は見出していない。
下手に仲良くすると援助を求められるのがオチだ。
それよりも北との関係を改善することで、違法薬物などが日本へ流入することを避ける道を選んだ方が価値がある。
日本は潜水艦技術をオーストラリアに売り込もうとしている。
海上保安庁の警備艇などはベトナムに寄贈しようともしている。
日本は独自開発のステルス戦闘機も開発中だ。
ここへ来てK国が擦り寄る狙いは見え見えで、国益がどちらにあるかは誰の目にも明らかだ。
安倍首相は「ドアは常に開かれている」と常々言って来た。
であるならばパククネの方が来日するのが筋と言うものだ。
日本から出向く筋合いの話ではない。
K国の外相は、「元慰安婦が生きている間に」と言っているが、今年の秋には中国の習近平と安倍首相が会談する予定になっている。
それまで日本政府が慰安婦問題を放置するならば、K国は中国に遅れを取る格好になって国民からの突き上げが増すばかりだろう。
さらに日朝実務者協議が進み、やがてロシアとの外交も進むようになればK国は完全に孤立することになる。
K国外相もバカではないだろうからそれくらいの先読みはできているはずだが、国民の顔色ばかりうかがうクセがついてしまっているために、日本へ対して下手に出ることができない。
自分のプライドが自分の首を絞めている状態だ。どうしようもない。
国益とプライドを天秤にかけた場合どっちを重んじるのかという政治的判断能力の話になって来る。
その意味では日本のアベノミクスも怪しいものではあるが、K国ほどの無知蒙昧さはない。
ただ、どこかのおかしな知事がK国で「9割の日本人が・・・」とやらかしてしまったから始末に負えない。
そう言われたK国は(強気に出ても良いんじゃなかろうか)と変な誤解をしたようだ。
(ピョンチャンの協力もしてくれそうな気配だ)と。

あらためて言おう。
「こっち見んな!」





ユダヤとイスラエルの成り立ち

本日の東京新聞朝刊にこんな記事が出ていました。

(引用ここから)
パレスチナ自治区ガザでイスラエルが軍事作戦を開始して1か月超、死者は約二千人とされる。争いが続く両者。その双方の高校生でつくる混声合唱団「エルサレム・ユース・コーラス」が来日し、十八、十九の両日、東京都内で公演する。初の海外公演で、「平和主義」を掲げる日本から世界へ祈りの歌を響かせる。 (石井紀代美)
音楽を通じて平和を目指す活動をしているユダヤ系米国人マイカ・ヘンドラーさん(25)が二〇一二年、イスラエルのエルサレムで設立。
ユダヤ人とパレスチナ人が東西に分かれて住むエルサレムで、十回のコンサートを開いてきた。
メンバーは約三十人。
ヘンドラーさんによると、高校生らは家庭や学校で互いを「悪い人ばかりだ」と教えられて育った。参加当初は敵同士と思ったが、音楽を通じ理解してみると「聞いていることと違う。みんないい人」だった。
ベントラーさんの知人らが五月、日本に招くための実行委を発足。
関係者によると、メンバーも「国際紛争に加担せず平和を貫いてきた日本こそ、初の海外公演にふさわしい」と応じた。

公演ではイスラエルとパレスチナの伝統的な歌や、東日本大震災の復興支援ソング「花は咲く」を披露。都内を中心に活動するバンド「ジンタらムータ」もゲスト出演する。
リーダーの大熊ワタルさん(54)=東京都小金井市=は十年ほど前、ヨルダンの難民キャンプで演奏したことがある。「当事者同士が合唱で声を合わせることで同じ人間なんだと気づき、分断や敵意を乗り越えて」とエールを送る。
(引用ここまで)

第一次世界大戦が勃発したのは1914年の夏のことでした。
その参戦国とは一方がイギリス・フランス・ロシアであり、もう一方がドイツ・ハンガリー・トルコでした。
もっとも脅威だったのはドイツの潜水艦であり、北大西洋の制海権を独占してしまったことからイギリス軍の補給路は絶たれ、弾薬はもとより食糧補給も途絶えました。すなわちイギリス軍を苦しめたのは戦闘によるものではなく飢餓だったのです。
フランス軍にも混乱が起きていて、ベルダンの守備戦ではフランス兵士の約60万人が戦死しました。
ロシア軍は逃亡です。彼らは皇帝のために命を投げ出す考えがもともとありませんでした。
イタリア軍も崩壊しました。
ドイツは自国へは1発の砲弾も撃ち込ませず、1人の敵兵もドイツ国内に踏み込むことができませんでした。

ドイツはイギリスに和平条項を持ち掛けます。
その内容は「旧状を保持する」というもので、「戦争をやめてすべてを戦争以前の状態に戻す」という意味でした。
この和平条項が出されたのは、開戦からわずか2年後の1916年のことでした。
イギリスは真剣にこの和平交渉を検討します。ドイツの寛大なる提案を受け入れるか、もしくは勝敗がすでに明らかになっている敗北状態の戦争を継続するかどちらかだったのです。

一方、開戦の7年前にオーストリアのバーゼルで第一回シオニスト会議が開かれています。すなわちユダヤ人の国家建設を目指し諸外国に承認させる運動のことです。
ドイツとイギリスの間で和平交渉が進められている中、ドイツ国内のシオニストらが東ヨーロッパのユダヤ人を代表するかたちでイギリスを訪問します。
ロンドンにやって来た彼らはイギリス政府に対して何と言ったのか。
「この戦争にはまだ勝つ可能性があります。諦める必要はありません。ドイツから提案された和平交渉を受け入れる必要はありません。アメリカが同盟国として出てくれば勝利することができます。」

アメリカはまだ参戦していませんでした。
彼らシオニストの代表はイギリス政府へ言いました。
「イギリスの同盟国としてアメリカを参戦させることを保証しましょう。その見返りに、勝利の後われわれにパレスチナを与えると約束してください。」
イギリスはパレスチナという正式な国家を差し出すなどといった約束をする権利など無いに決まっているし、それは誰が見てもそうだったのですが、戦況があまりにも悲観的だったイギリス政府はこの申し出に応じてしまいます。1916年9月のことでした。
当時のアメリカは親ドイツでした。
アメリカはすでにユダヤの支配下に置かれていて、新聞などのメディアも金融業界もすべてユダヤに握れらており、彼らユダヤは帝政ロシアが大嫌いだったのです。
だからユダヤ資本はドイツに注ぎ込まれていてロシアを攻めさせる一方で、フランス・イギリスには資金を投入して来ませんでした。
そのアメリカのユダヤ資本は、パレスチナを得る可能性があるとシオニスト団体から聞かされた途端に手のひらを返します。
アメリカ国内のすべての新聞が、イギリスと戦っているドイツ国民は苦境にあると訴え、ドイツ政府を悪者に仕立て上げたわけです。
ありとあらゆるドイツ軍の残虐行為を書き立て、アメリカ国民の民意を操作することで厭戦ムードから参戦ムードへと上手に誘導したわけでした。
ウイルソン大統領がドイツに宣戦布告するまで時間はかかりませんでした。
つまりアメリカが参戦するという行為は、アメリカ国民にとって必要なものではなく、すべてはユダヤ・シオニストの集団の利益でしかありませんでした。
十中八九負けていたイギリスにとっても、フレッシュで産業力のあるアメリカが参戦してくれれば勝てるかも知れないという夢があったのであり、その見返りが口出す権利もないパレスチナという国のことだったのです。

アメリカの歴史教科書では絶対に教えていない参戦までの経緯なので、このことを信じないだけではなく完全否定する欧米人は少なくないでしょう。

ウイルソン大統領によってアメリカが参戦したことを受けてシオニストらは再びイギリスを訪問します。
「我々は契約の一部を果たしました。あなた方がこの戦争に勝利した後にはパレスチナを我々に与えるという契約の維持を確認しましょう。」
この確認作業のことを「バルフォア宣言」と呼びます。
アメリカを参戦させる対価としてシオニストに合意していたものをイギリスが支払うといった内容でした。
欧米社会はローマ時代の頃から契約によって成り立って来た社会なので、この契約も一見適切なもののように見えるのですが、イギリスがパレスチナを譲渡するという契約が有効なものであるはずがなくて、完全なイカサマでしかありませんでした。

アメリカの参戦を受けて戦況は逆転しドイツは敗北します。
パリ講和会議が開かれたのは1919年でした。
ここには重大な背景があって、スペイン風邪と呼ばれた世界的に流行したインフルエンザのパンデミックが第一次世界大戦の終結を早めたとされています。
戦場で戦死する兵士よりもインフルエンザで病死する兵士の方が多かったと言われています。
なぜスペイン風邪と呼ばれるようになったのかは流行の情報の第一報がスペイン発だったためで、実際の発生源はアメリカのデトロイトおよびカロライナ付近だったというのが真相でした。
1918年3月に発生したインフルエンザは、同年6月には毒性の強い感染爆発へと発展している。

アメリカがドイツへ対して宣戦布告をしたのは1917年4月6日のことでしたが、その翌年にアメリカ国内で「スペイン風邪」のパンデミックが発生したわけです。
だからヨーロッパ戦線にインフルエンザウイルスを持ち込んだのはアメリカ軍だった可能性が高いのであって、世界的流行拡大に兵士の輸送という行為が一役買ったかも知れないのです。

一方のロシアはニコライ2世が皇帝の座に就いていましたがヨーロッパ戦線の視察に熱心なあまり内政問題を任されていた皇后のアレクサンドラは国内政治を怪僧グレゴリー・ラスプーチンに一任します。
これに対する批判が各方面から起こり、1916年にラスプーチンは暗殺されることになって、これがロシア革命の引き金になります。
つまりドイツ連合と戦っているイギリスは孤立無援だったわけであり、アメリカを連れて来るというシオニストの提案は地獄に仏だったわけ。だからパレスチナなどという権利のない国の譲渡であってもホイホイと乗るしか道は残されていませんでした。
シオニストにとったらアメリカを参戦させたところで、終戦まで何年かかるかわからない。イギリスが勝利しない限りパレスチナは手に入らない。だからアメリカを参戦させたら早期に決着をつける必要があった。

ここから先は私の個人的な推測ですが、インフルエンザを拡大させたのはアメリカのユダヤグループではなかったか、という疑惑です。
定説となっているものでは、カナダの鴨のウイルスが渡りによってイリノイ州の豚に感染したとの推定がアメリカ疾病予防管理センター(CDC)の検討小委員会から説明されています。
だから発生源は明らかにアメリカ。
その後感染爆発が起き、その保菌者がヨーロッパ戦線に送り込まれた。そのことで戦場に感染拡大が起きた。
すなわちアメリカを参戦させなければ、地球規模のパンデミックは起こらなかったかも知れないという意味。つまりはシオニストたちの自分都合で起こったことだという意味です。
早期に終戦に持ち込むには、感染力の強い伝染病の保菌者を戦場に送り込むことが有効な方法だと考えた、という推理、あながち間違っているとは思わないのですが。

さて戦争が終わりパリ講和会議の席上にシオニストらがやってきて「バルフォア宣言」の存在を明かします。
「我々のパレスチナはどうなるんですか?」と。
その時点でドイツ人は初めて気が付きました。すべてはシオニストらの企みごとだったことを。
だからアメリカが参戦し、ドイツは敗北したのだということを。
ドイツは莫大な戦後賠償を負わされることになったのですが、すべてはシオニスト達がパレスチナを欲しかったからだけの理由だったということに気が付いたのです。
それまでユダヤ人達はドイツで、世界中のどこの国でも決してないような平和で良い暮らしを享受していました。
迫害など何ひとつありませんでした。
ユダヤ人はドイツの産業界や金融界で大成功をしていて、莫大な資産形成に成功してもいました。
だからドイツにおけるユダヤ人は、非常に豊かな生活をしていたわけです。
ところがこの「バルフォア宣言」を知らされたドイツ人達は、ユダヤ人による裏切りに激昂することになります。

これらがドイツにおけるユダヤ迫害へとつながって行くことになるのですが、本件のテーマはあくまでもイスラエルとパレスチナの問題なので本論に戻ります。
シオニストらがイスラエル建国に至った裏取り引きは以上のようなことでした。だからイギリス政府が深く関わっていたのであって、パレスチナ問題の責任を取るべきなのは第一にイギリスであることは明白です。
なぜシオニスト達がパレスチナを求めたのかと言うと、当たり前のことですがエルサレムがあるからです。ユダヤ人の国が作られるのであれば地球のどこでも良かった、という意味はまったくないのです。パレスチナでなければならなかった。
ただし20世紀のシオニズム運動が、古代のヘブライ人だとかカナン人だとかそこまで関連付けするのは自己正当化するための言い訳に過ぎず、本当のところ宗教的には無関係な利害争いでしかなかったわけです。
何故ならば現在のイスラエルにはユダヤ教の各派が争い合っていて、正統派(超正統派、現代正統派、新正統派)、保守派、伝統派、サバタイ派、改革派、再建派、カライ派、フランク派、などといった複雑に分裂している団体の総称でしかありません。
タルムードという経典に従って行動するのがユダヤ教だと知られていますが、これもラビ的ユダヤ教徒に限られるものであって、このタルムードは強烈な選民意識を植え付ける書物です。
タルムードに従って行動を選ぶ場合は確かに世界中の民族からユダヤは迫害されても仕方がないでしょう。それほど強烈な内容の経典です。

それはともかく、パレスチナの人々はユダヤ人によって強制退去させられました。このパレスチナは元々イギリスが委任統治していた地域であり、第一次世界大戦の勃発とともにイギリスはフランス・ロシアを相手にサイクス・ピコ協定を、アラブ人とはフサイン・マクマホン協定を、ユダヤ人とはバルフォア宣言を行いました。これが世に言う「三枚舌外交」です。
イギリスは戦争を有利に運ぶ目的からあちこちに八方美人の甘言を繰り返したのでした。そこから将来の世界の紛争の元を作ってしまった。
そのズルいイギリスを上手く利用したのが、ズル賢いユダヤだったのであり、イギリスは知らない間に世界の不幸の元を一人で背負い込むことになってしまった。
いちばんの犠牲者はパレスチナ人だったわけで、ここにパレスチナ解放機構(PLO)という組織が誕生し、パレスチナ自治政府の母体となりました。
第三次中東戦争でイスラエルは勝利しますが、ヨルダンでの反イスラエル闘争で戦果を挙げていたファタハがPLOに参加。ファタハの指導者だったアラファトがPLO第二議長に就任します。

その後ファタハは数々のテロ事件を起こしヨルダンやレバノンなどに活動拠点を移します。
レバノン戦争の後はチュニジアに移ったりもしています。
1988年11月、「シオニスト国家打倒によるパレスチナ解放」から方向転換を図り「イスラエルと共存するヨルダン川西岸地区およびガザ地区でのパレスチナ国家建設」を打ち出しパレスチナ国民評議会で独立宣言を採択するまでになりました。

1993年、ノルウェーのオスロにおいてイスラエル政府とPLOの相互承認とガザ地区・ヨルダン川西岸地区におけるパレスチナ人の暫定自治を定めたオスロ合意を締結。
これによりPLOは武装闘争路線を放棄し、アラファト議長はイスラエルのラビン首相とともにノーベル平和賞を受賞。
しかし1995年、ラビン首相は暗殺され「和平粉砕」を掲げるハマスが1993年から自爆テロを開始するに至ります。
つまりパレスチナの指導者はアラファト率いるファタハからハマスに移ったわけであり、平和的に外交を進めようとしたファタハに対してハマスは好戦的な組織だということが言えそうです。
ファタハとハマスは対立する組織であって、ヨルダン川西岸地区はファタハが、ガザ地区はハマスが実効支配をしていました。
ハマスが好戦的であることからロケット攻撃などを繰り返すために、イスラエル軍はガザ地区への軍事侵攻を繰り返して来ました。

2011年4月、ハマスとファタハはカイロにおいて共同会見を開き、対立関係を解消して連立政権を作り総選挙を行うと発表。
イスラエルはこの和解を批判しましたが、国連は好意的に評価しています。
しかしその直後に起きたアラブの春によって反体制デモが拡大するにつけ、ハマスはシーア派であるシリア・イランと距離を置くようになります。
シリアの同盟国であり、ハマスの支援者でもあるイランはこのハマスの行為に批判的な態度を示しましたが、逆にハマスはイスラエルのイラン攻撃に反対しない方針を発表してハマスとイランの関係は断絶します。

つまりイスラム社会にもスンニとシーアという反対勢力の力学が働いているという意味では日本人がなかなか理解できない部分があることになります。
長くなりましたが、イスラエルの建国までの経緯と建国後のパレスチナとの攻防の流れです。
これらがわからないと、欧米のユダヤ社会が何を考え、どのように動いているかということと、ナチスドイツがなぜユダヤ迫害に向かったのかということと、同じPLOでもファタハとハマスの違いがどこにあるかなど、基本的な理解ができないままになります。

そして中東を離れても、ユダヤ社会が世界をどっちに導こうとしているかを見極めておく必要があるように考えます。
そのためにも良きにつけ悪しきにつけ、ユダヤの本質を知ろうとする努力は必要なのかも知れません。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


ご機嫌よう。






辺野古移設のうらおもて

先の本ブログで『のたうち回る毎日新聞』と題する記事を書いたのですが、朝日新聞と毎日新聞が歩調を合わせている典型的な例をご紹介しましょう。
『MEDIA WATCH JAPAN』というサイト(mediawatchjapan.com)があるんですが、その2014年5月3日の記事に「普天間基地の辺野古移設」というページがあり、このように出ていました。
普天間基地の辺野古移設に反対している新聞社は朝日と毎日、どちらかと言えば賛成といった立場に立つのが日経、賛成を表明しているのが読売と産経。

『普天間基地は「世界一危険な飛行場」』という項目ではこのように解説されています。
(引用ここから)
沖縄県・宜野湾市にある普天間基地は、在日アメリカ軍・海兵隊の基地です。
民家などが密集する市街地の真ん中にあり、「世界一危険な飛行場」とも評されます。

2004年には、基地近くの沖縄国際大学に大型輸送ヘリコプターが墜落する事故があり、
米軍機の墜落事故で周辺住民へ被害が出ることが懸念されるほか、
騒音問題など、日常的に住民へ大きな負担を強いています。
(引用ここまで)

ですがこの説明文を読むと、民家が集中している地域に米軍基地が割り込んで造られたかのように読めるのですが、そこは間違いです。
時系列で見ると、確かに沖縄の地権者が居た土地を収用するために適切に借地料を支払って米軍基地は造られました。
その後日本政府の「思いやり予算」で、日本国民の税金が防衛施設庁を通じて彼ら地権者に支払われるようになりました。
その受け取り地権者らはすでに沖縄を離れ、東京や大阪などで悠悠自適の生活を送っています。
沖縄の危険や騒音などとは無縁の土地で生活しながら、銀行口座には防衛施設庁から毎月多額の振り込みがあるのですから笑いが止まりません。

その後、米軍基地がカネになるということを知った付近の住民らが続々と普天間基地の周辺に集まって来たわけです。
なぜか。危険手当てと騒音手当てが目的だったからです。
主要な産業がない沖縄では、米軍基地は迷惑な存在であるとともに、貴重な財源でもあったわけです。
「反対だ、反対だ」と言いながら、財布を開いて「カモン、カモン」とやってたわけです。
そのあたりは同和問題協議会と全く同じ仕組みになっているわけ。
言い様によっては「犠牲者だ」と叫びながら実は加害者になっていたという詐欺のような話です。

だから鳩山政権が誕生したとき、彼が「最低でも県外に」と言ったことで、腹のなかでは真っ青になった似非平和主義者は少なくなかったはずです。
米軍基地が沖縄から出て行くことになれば、沖縄は大切なカネヅルを失うことになって、砂糖キビしか産業がない沖縄は人口流出することは目に見えていたからです。
毎年1月の成人式で全国一の乱暴狼藉が働けるのも米軍基地というカネの成る木があるからであって、雇用の場もインフラも何もかもを米軍基地に頼っている寄生虫のような実態が透けて見えて来るのです。
はっきり言いましょう。普天間基地を世界一危険な空港にしたのは米軍ではなく周辺住民なのです。

したがって私の個人的見解とすれば、沖縄の「基地反対」は二重構造になっていて「本当に出て行って欲しい」と望む人々と、片や「騒げば騒ぐほどカネになる。出て行かれてたまるか」と考えている人々もいるような気がするんです。
そこで新聞各社の論調を改めて振り返った場合、どうやら朝日と毎日は「騒げば騒ぐほどカネになる」手合いに見えて仕方がないんですね。
だって本当に出て行かれたら今の沖縄は限界集落になることが明白なんです。自律するだけの地場産業なんてロクに育っていないんですから。何故か? 米軍基地に寄生して生きて来た地域だからです。地場産業を育成する必要など何もなかったから。
そして米軍基地が沖縄から出て行くことは中国にとっての膨大な利益になるんです。それを朝日と毎日が応援している。
先の『のたうち回る毎日新聞』を読み返してください。完全な韓国記事ですよ。あれは日本人記者の論調ではない。

ニュースサイト・ハンターというサイトがあります。
ここでは8月6日付けの記事で「沖縄防衛局 辺野古移設で隠ぺい姿勢」と題するテーマを報道しています。
(引用ここから)
 今年1月、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設の是非が問われた名護市長選で、移設反対を訴えた現職が勝利。
地元の民意が明確に示された。
しかし、安倍政権はこれを無視して移設を進める構えで、5月には沖縄防衛局が、地元漁協との間に巨額の漁業補償契約を結んでいる。
沖縄の心を買収した形だが、補償契約がどのように進んだのかを確認するため行った情報公開請求で、所管の沖縄防衛局が開示決定期限を大幅に延長、法律の規定による一部開示では重要書類の「表紙」だけを開示するなど、隠ぺい姿勢を露わにした。
(中略)
沖縄防衛局が漁業補償契約を結んだ相手は名護漁業協同組合。組合員90人足らずの同漁協に支払われる金額は、約36億円に上るという。
HUNTERは6月、沖縄防衛局に対し、「名護漁協との間に結んだ漁業補償契約に関するすべての文書」を情報公開請求したが、同局側は素直に情報開示に応じるつもりがないようだ。
下は、開示決定期限について、延長することを決めた同局からの通知である。
6月16日付けの請求に対し、原則30日の開示決定期限を8月22日まで約1か月延長。特例規定を利用して開示文書を一部に限った上、大半の文書の開示決定を10月22日まで延ばしている。
請求から4カ月経たなければ、何が開示されるのかも分からないという状況だ。
(中略)
請求文書の開示決定を遅らせる理由として、防衛局側は関係機関との開示内容の調整、業務多忙を挙げている。
しかし、補償契約書の「表紙」だけを開示するというふざけたやり方を見る限り、積極的に国民の疑問に答えようとする姿勢は皆無。
辺野古移設の裏で、何が行われてきたのかを隠そうとする意図が透けて見える。
11月には、辺野古移設に重大な影響を及ぼす沖縄県知事選挙が行われる。現職の仲井真弘多知事に、翁長雄志那覇市長が挑む構図となりそうだが、現状では辺野古の埋め立てを承認した仲井真氏の再選は困難な情勢。政府与党は、難しい局面に立たされた格好だ。これ以上、マイナス要因を増やしたくない国としては、胡散臭い補償契約の中味を知られたくないというのが本音だろう。
昨年12月に成立した特定秘密保護法が施行されれば、真っ先に「特定秘密」に指定されそうな、漁業補償絡みの文書。
最終的には「黒塗り」=非開示ばかりとなることが予想される。関連情報を隠したまま、移設を強行することなど許されないと思うが……。
(引用ここまで)

また、NETIBNEWSというサイトでは植草一秀氏ブログ「知られざる真実」という記事で以下のように伝えています。
(引用ここから)
徳洲会出身の徳田毅衆院議員は、沖縄知事選直前まで自由連合に所属し、自由連合は糸数氏支持を決めていた。
この自由連合の徳田毅氏が沖縄知事選直前に自由連合を離脱して、仲井真氏支持を打ち出した。
徳洲会は仲井真候補を全面支援して、その結果として仲井真氏が沖縄知事選に勝利したと言われている。
徳洲会は大規模な組織選挙を展開したと伝えられている。
(中略)
昨年後半、2012年の総選挙にかかる選挙違反で徳洲会が摘発された。
この事案に絡んで、徳田毅議員は議員辞職に追い込まれた。
2013年後半は、2010年の沖縄知事選から丸3年が経過するタイミングであった。
2010年の沖縄県知事選でも徳洲会は仲井真候補を支援している。
仲井真弘多氏は、このことに関連して安倍政権から揺さぶりをかけられたのではないかと考えられる。
2010年沖縄知事選での選挙違反事案のなかで、2013年末に公訴時効を迎える事案が存在したと考えることもできる。
こうした事案で仲井真氏が揺さぶられたとするなら、年末の県民に対する背信行為もうなずけるのである。
2010年沖縄知事選での選挙違反事案のなかで、2013年末に公訴時効を迎える事案が存在したと考えることもできる。
こうした事案で仲井真氏が揺さぶられたとするなら、年末の県民に対する背信行為もうなずけるのである。
(引用ここまで)

つまり沖縄県政とは、米軍基地の移設という表看板を掲げながら裏では徳田ファミリーという利権組織によって穢れた選挙がまかり通っていたのであって、そこへ自民党政権が脅迫をかけたんですね。
「我々の指示に従え」と。
だから仲井真は県知事選における選挙公約を裏切らざるを得なかった。
すなわち沖縄における米軍基地の問題は、二重にも三重にも複雑にからんだ利権のかたまりであって、単なる「儲かるか儲からないか」という話ではないということ。
表面をつくろって良い子ぶっているのは、沖縄県民だけではなく政府も同様であるということ。
そして防衛省は国民の味方だというスタイルを示しながら、実は自分だけの都合を押し通そうという傾向を持ち続けているという点。
それらを冷静に見て行かねば、一方の利権操作に騙される危険性があるわけです。

私の個人的考えでは、辺野古のキャンプシュワブ基地の拡充は普天間基地の事情を考慮した場合はやむを得ないのではないかと。
ただしそうした時、普天間周辺で手当てを受けていた人々の食い扶持がなくなってしまう。
辺野古に移ったとしても、利権を貪ろうという輩は必ず何らかの動きに出るはず。
なぜならばそれが「反日左翼」だから。
戦後の日本から11億ドルもの資金をせしめた大韓民国のように、日本の財政を食い物にすることだけが生きる術だと考えている集団はそれしか生きる方法を知らないのです。

しかし、左翼も左翼なら政府も政府ではないでしょうか。いやほんと。
今日は終戦祈念日でしたが、靖国に眠る英霊たちはこの国の現状をどのように見ているのか不安に思う一日でした。





シンガポールでエボラの疑い

8月14日付けのロイター通信によると、シンガポール当局はエボラ出血熱に感染した疑いがあるとして、ナイジェリアから入国した50代の女性を病院の隔離棟に搬送したとのこと。
この女性は最近シンガポールに入国しており発熱の症状で救急診療を受けていた、との報道。

この記事を受けて、夏季休暇に入っている多くの日本人がシンガポールへ観光旅行をしているとして不安が広がっているらしい。
エボラそのものは数日間から二十日間ほどの潜伏期間があって、その間はウイルスによる他者への感染力は示さない。
主に末期症状になって初めてウイルスが体外へ放出されるという報告が上がっている。
すなわちこの女性が発熱前に接触していた人物などへの感染はあまり心配しなくても良さそうだ。

しかし発熱が始まった頃の生活がどのような状況だったのかは詳しく調査しなければなるまい。
空気感染の事例はないので、ほとんど全てが体液への接触によるものか、あるいは排泄物への接触によるものだ。
だから可能性が高い地域の洋式トイレには注意しなければならない。
名前が示すように、エボラは出血と発熱を発症させる。
つまり末期の場合、皮膚などから出血するとともに多量の発汗がある。
それらを直接触れることは危険だ。汗をかいているからと、タオルやハンカチで拭いてやる行為も危険性を増す。

売春行為などはもっての外であって、スパやエステも避けた方が良いかも知れない。
日本人にはハグという習慣がなくて、握手をするのが関の山だが、外国に行くと抱き合ったり頬を触れ合わせたりする行為はごく当たり前になっている。
日本人も最近では、見も知らない外人とハイタッチする行為が浸透しつつある。エボラのことだけを考えれば、あまり望ましい行為とは言えまい。
日本人らしく微笑んでお辞儀をすればそれで良いのではなかろうか。

発熱の症状がマラリアに似通っていて、ウイルス検査でも末期でない限り陽性反応が出にくいらしい。
つまり隔離病棟に搬送される全ての患者がエボラとは限らないということになる。
最悪の事態に備えて、という意味であることを理解しておきたい。

また、不特定多数の客と皮膚接触をする仕事、たとえば理容師とか整体師とかエステシャンなどの業務に携わる立場の人は、できるだけ客の発熱状態を把握するように努める必要があるかも知れない。
仮に朝鮮半島にエボラがやって来たと想定した場合、それは海外で売春行為をしていた人物がトランスポーターだった可能性もあるわけで、朝鮮民族は排泄物に対する衛生意識が日本ほど高くない。
口蹄疫や鳥インフルエンザが全土に拡大した国だから、もしエボラが入って来た場合は日本よりずっと速いスピードで拡大するかも知れない。

アフリカ各国と交流があるのは中国だ。
韓国への観光旅行客は日本人が激減していて中国人が増えている。
中国人観光客がエボラを持ち込むとすれば、それは香港も条件的には同じだろう。
SARSウイルスが感染拡大したのも香港だった。
香港特有の高層ビルの下水管が老朽化していて、上層階の排泄物が各階を汚染したのが原因だった。
エボラではそれが起こらないとは誰も言えまい。
同時に香港はマラリアのエリアでもあって、診断には時間がかかるだろう。

同じことは台湾にも言えて、馬政権になってからの台湾には中国人観光客が急増している。マラリアのエリアでもある。
こうした中国人・台湾人が多く渡航している日本のエリアがある。
そこはどこか。オキナワだ。
そして韓国からの渡航者が集まるのが長崎県の対馬と福岡港と下関港である。

「Youは何しに日本へ」という番組があるが、成田空港には世界中からの旅行者がトランジットも含めて集まって来る。
皮膚接触を避けるということと、公衆トイレに気を付けるという意識が必要なようだ。
それ以上ヒステリックになる必要は、今のところ見当たらない。

なお医療情報としては、エボラ出血熱患者の体液や排泄物などの消毒にはノロウイルスと同様に次亜塩素酸ナトリウム系の消毒薬を用い、市販薬ではミルトン(次亜塩素酸ナトリウム濃度1.1%、80倍希釈ですすぎ洗い不要)、ピューラックス(次亜塩素酸ナトリウム濃度6%)、テキサント消毒剤(同6%)、ハイポライト10(同10%)などで、ピューラックスやテキサントなどの6%濃度の場合、手指・皮膚の消毒が120~600倍に希釈、排泄物の消毒の場合が6~60倍に希釈して用いる。
キッチンハイターも6%濃度だが、家庭用雑貨扱いのため界面活性剤などの洗剤成分が入っていて、器具の消毒はできても基本的に皮膚には使わない。
また、次亜塩素ナトリウムは高温で保存するほど有効塩素成分が不安定になることから10℃以下での保管が望ましいとされている。
新型インフルエンザの流行時に街のドラッグストアからマスクが売り切れになったことがあった。
仮にエボラが国内で確認された場合、これらの消毒剤が欠品する可能性があるので、商品名だけでも記憶しておく価値はあるかも知れない。



のたうち回る毎日新聞

どうも往生際が悪い本質が徐々に明らかになりつつあるようです。
何のことかと言うと朝日新聞とそれに続く毎日新聞。
少なくともこの2紙は日本の新聞社ではなさそうです。

12日付けのJーCASTニュースを見てみましょう。こう出ています。
(引用ここから)
慰安婦報道の一部誤報について、朝日新聞社の木村伊量(ただかず)社長が謝罪を拒否したと、政治評論家の加藤清隆氏がテレビ番組で明かし、ネット上などで木村社長への批判が相次いでいる。
朝日新聞社では、「社長がしたとされる私的な会話にはコメントしない」とだけ言っている。
(中略)
これは、読売テレビ(大阪)で10日に放送された「たかじんのそこまで言って委員会」に出演した中で明かしたものだ。
そこでの話によると、加藤氏は、朝日の特集について言いたいことがあったため、ほかのゲストが来る前に、真っ先にこう質問した。
「はっきり一面で謝罪した方がいいよ。それが朝日新聞のためですよ」
ところが、木村社長は、次のような発言内容で謝罪を拒否したというのだ。
「歴史的事実を変えることはできない。したがって、謝るようなものではない」
歴史的事実とは、従軍慰安婦がいた事実という意味だと理解できると、加藤氏は話したが、それでもちょっと違うなと感じたと漏らした。
(中略)
産経新聞社とフジテレビ系ニュース「FNN」が行った調査では、朝日の特集について「十分だとは思わない」とした回答が7割強も占めた。
また、朝日の慰安婦報道そのものについても、フジテレビ「新報道2001」が行った調査では、「日韓関係を悪化させた」とした回答が6割強に上った。
こうした世論を反映してか、加藤清隆氏が木村社長のものとした発言については、反発の声が次々に上がっている。
識者らの間からも、一部誤報を認めたことは画期的としながらも、朝日は謝罪して幹部らが責任を取るべきだ、木村社長は釈明の会見をするべきだといった指摘が出ていた。
(引用ここまで)

そのドタバタを横目で見ながら毎日新聞の英語版海外向けperspectives news 8月7日付けの記事でこのように報道しています。

(引用ここから)
「朝日新聞は慰安婦記事を検証した結果、一部の記事が正確ではなく誤りがあったことを認めた。
多少の不正確な朝日新聞の慰安婦記事があったとしても、問題の本質を冷静に見つめなければならない。
慰安婦問題は全世界にわたる人権に抵触しており、女性の尊厳が戦争中を通して著しく損なわれた。
毎日新聞は、提示された犠牲者への救済措置(償い金)を視野において慰安婦問題は人権問題であると捉えている。
アジア女性基金は保障はそれで終わりだと察知して拒否した。
安倍首相は河野談話を尊重して軍の関与を認めており、慰安婦の強制連行を議論することは時間の無駄で国益を損なうものである。
日本は慰安婦問題は世界的な視野に立って、戦争中の女性の尊厳が拘っていると認識して、これにどう向き合うかを熟考すべきである。
http://sp.mainichi.jp/english/english/perspectives/news/20140807p2a00m0na011000c.html
(引用ここまで)

この毎日新聞の「Editorial:sahi Shimbun should explain coverage of'comfort women'issue」と題する社説記事について、非常に違和感を覚えるのです。
(これ本当に日本の新聞社の社説なの? 朝鮮日報かどこかの記事の間違いじゃないの?)と。
「社説」扱いにこそなっているものの署名記事になっておらず、誰が書いたのかわからなくなっています。
それにしても「毎日新聞は・・・と捉えている」などといった表現で全社を代表する意見であるとはっきり宣言しているわけです。
これ、毎日新聞社の内部で密かに犯人捜しが起きているかも知れません。

と言うのも、ワシントンポストであるとかニューヨークタイムズなどで強烈に日本批判を繰り返している記事が載せられているんですが、そのほぼすべてが韓国系アメリカ人の記者によって執筆されたものであることが明らかになっています。
朝日新聞に勤めていた植村元記者の妻が韓国人でありその母親は日本への賠償を求める団体の会長をしていた。
つまりコリアンの遺伝子は確実に日本のマスコミに浸透しているのであって、アメリカでは新聞社に外国人を入れることは法律で禁止されているんですが日本では何の対策も執られていないのが現状。
しかし毎日新聞の英語版記事でここまであからさまな反日記事を書くとは恐れ入る話です。
毎日新聞はこれまで、朝日新聞の誤報を一部認めたことについて、日本国内では明らかな態度を示さず沈黙を守っていたのです。
ところが海外向けの社説では堂々と政府批判を掲げて朝日新聞を擁護するかのような主張をしている。

これね、安倍内閣が河野談話を検証したことで、河野談話そのものは否定しないもののこの談話は日韓両国の合作だったという点と、軍の関与とは衛生管理や違法行為などを監視していたという意味であったことを示した上で「関与はあった」と示した点。
これで韓国がしつこく賠償を求めていた論拠を無力化したことになるわけであって、談話そのものの成り立ちが意図的なものだったのだから今さら取り消す必要もないとする高等戦術だったわけ。
だから韓国政府ならびにマスコミ各社の日本攻撃の論拠が無力化してしまった。だから韓国は大騒ぎの火病(ファビョン)に陥った。
そこで戦術を変えて、「強制連行の事実があろうとなかろうと人権問題であることには変わりはない」と微妙に矛先を変えて来たわけ。
しかしいみじくも毎日新聞が本音を吐いた部分があって、上記の引用記事の中に「毎日新聞は、提示された犠牲者への救済措置(償い金)を視野において慰安婦問題は人権問題であると捉えている」という一行があるんですね。
やっぱり最終的にはお金が欲しいだけなんです。

しかし先の「アジア女性基金」において元慰安婦だったと自称している老女へ総理大臣直筆の謝罪文とともに寄付金が送られた際、受け取りを拒否せよと圧力をかけて来たのは韓国内の挺対協だったわけです。
金を出せと言っている一方で受け取るなと言う。
つまり日本を困らせたいだけの目的でしかないわけです。
そしてその片棒を担いでいるのが朝日新聞であり毎日新聞だというわけです。

安倍内閣によって外堀を埋められた韓国は、作戦を変更して人権問題として世界に訴えようとした。
しかし日本軍による強制連行だったという項目は、世界のあらゆる戦争とは違った個別の問題だとして来た方針だったのですが、そこから大きく舵を切ることになったわけであって、そうなるとベトナム戦争時に韓国軍が起こした強姦事件とかパクチョンヒ元大統領が米軍慰安婦を管理していた問題などが、同じ人権問題として表面化して来ることになったわけです。
つまり安倍内閣は高等技術で相手の力を削いだのに対して、韓国は深い思慮もないまま火の中に飛び込んだ格好になったわけです。
しかもそれを応援しているのが日本の朝日新聞と毎日新聞。

ただ、ちょっと気になるのがフジテレビの動向。
この民放局は強烈な韓国贔屓だったわけで、「韓流やめろ」という市民のデモまで招いた会社でした。
だって女子フィギアスケートでは浅田真央の転倒シーンばかり映して逆にキムヨナを持ち上げる、日本の音楽番組なのにハングル文字の歌詞をテロップで流す、日韓戦のことを韓日戦と表記するなど、とにかくえげつないほどの韓国寄りだったわけです。
それが急に手のひらを返したように韓国批判へと転身した。
これはこれで絶対に怪しいですよ。気をゆるめてはいけません。
ひとつにはフジ・サンケイグループという協力関係にあるために、産経新聞が従軍慰安婦の虚偽を暴いたことからフジテレビとしての韓国擁護がやりにくくなったという事情はあるでしょう。

もっと言うと韓国国内における米軍慰安婦の賠償訴訟が持ち上がった件。
これは慰安婦像をアメリカに建設しようと必死にロビー活動を続けていた韓国にとって、非常に大きな障害が生じたわけですが、なぜこの時期になって米軍慰安婦だった老女らが名乗り出て来たのかという疑問です。
これには背景の流れというものがあって、太陽政策をとっていたキムデジュンとノムヒョンが北に良い顔を見せて米国に厳しいことを言っていた。
それがイミョンバクとパククネの政権になって太陽政策どころか北風政策に180度転換された。
そして国内暴動が多発している中国が、北朝鮮を飛び越えて韓国と交流を持とうとしている。
日本は拉致問題に絡んで密かに北と接触をしている。
在日の朝鮮総連は本部ビルの買い手が決まらず、経済制裁もあって首が回らない状態にある。
しかも今年は大干ばつで3人に1人が餓死する危険すらあると言う。
しかし韓国も中国も頼りにならない。残るは日本だけ。多少の譲歩は覚悟ができている。
韓国はアメリカにおけるロビー活動で、従軍慰安婦の問題を人権問題にして日本を叩こうとしている。
北の工作員は膨大な人員が韓国に潜入している。
米軍慰安婦だったという老女たちを調べ出して、「我々にも賠償を!」と立ち上がらせれば韓国の立場は一気に悪化して日本が有利になれる。
これもまた日朝協議の秘密事項だったのかも知れない。
安倍内閣が河野談話を検証することとタイミングを合わせて一気に流動化させる。
どうやらあらゆる項目が裏で微妙につながっているような気配です。

だからこそ韓国は断末魔のもだえに入っているのであって、朝日や毎日が一緒になってのたうち回っている。
そんな現状のようです。

皆さんご機嫌よう。





浦上天主堂の瓦礫はなぜ撤去されたのか

今年も「あの夏」がやって来る。
昭和20年8月9日午前11時2分、長崎の上空にプルトニウム型の核爆弾がさく裂した。
3日前に広島に投下されたのはウラニウム型だったから、この一連の攻撃作戦は明らかな「実験」ととらえて間違いなさそうだ。

広島に核爆弾を投下したのはエノラ・ゲイだったが、長崎に飛来したのはボックスカーと名付けられた爆撃機だった。
第一目標は福岡県小倉市(現在の北九州市)、長崎は第二目標だった。
しかし核攻撃は米軍の中でも極秘扱いされていたために、別の部隊による通常型爆弾で小倉市に隣接する折尾周辺を空爆していた。身内でさえが知らされていなかったからだ。
この空爆による火災の煙が上空にたちこめていた。
また、3日前に広島が被害に遭ったことを知っていた八幡製鉄の社員がB-29の小編隊が北上しているとの情報を受けてコールタールを燃やし、上空に煙幕を張ったという証言もある。
ボックスカーは小倉上空を旋回し、投下の機会をうかがったが3回の爆撃航程に失敗、残燃料に余裕がなくなりかつ燃料系統に異常が発生したためにボックスカーは予備燃料に切り替えた。
地上からは高射砲攻撃が激しくなり、周辺の航空基地から迎撃機が発進したことも確認されたために現地を離脱する。
つまり日本軍はこの時点でB-29の小編隊が何もせずに立ち去ったことを把握していたことになる。

広島に投下された核爆弾はリトルボーイと呼ばれたが、長崎に投下されたのはファットマン(デブ男)という名前だった。
核燃料の違いによる爆発方法の違いから、プルトニウムの周囲を高性能火薬で包み込む形状になっている。だからファットマンの名の通りとても大型で重量もあった。
しかしボックスカーは燃料系統が故障しており、テニアンまでの帰路が危ぶまれていた。
早くこのデブ男を捨てて機体を軽くしないと帰れないかも知れないという不安が乗員の脳裏をかすめたことだろう。

ボックスカーが小倉上空に到達したのは午前9時44分だった。離脱したのが10時半。つまり約45分の間、小倉は核攻撃の危険にさらされていたことになる。
その後約20分で第二目標である長崎の上空に達したが、すでに真夏の午前10時50分という時刻には、積乱雲がたちこめていて高度1800mから2400mまでが80%前後の雲で覆われていたという記録が残っている。
第二目標も失敗した場合は、デブ男は太平洋に投棄しなければならないという命令だったが、兵器担当のアッシュワーズ海軍中佐は命令違反のレーダー爆撃を実行しようとした。
核爆弾の攻撃は実験であったために必ず目視による投下である必要があったのであり、それだけ確実性を求められていたわけだ。
ところがアッシュワーズ中佐がレーダー爆撃に移ろうとした瞬間、爆撃手であるカーミット・ビーハン陸軍大尉が雲の切れ間から長崎市街を確認し「街が見える!」と叫んだ。
機長のチャールズ・スウィーニー少佐は長崎の工業地帯を目標として高度9000mからMk-3型核爆弾ファットマンを手動投下。
デブ男は放物線を描きながら長崎中心部を逸れ、高度約500mで炸裂。郊外に位置する長崎市松山町上空だった。

広島に投下された核爆弾はウラン235を使用した15キロトンだったが、長崎に投下された核爆弾はプルトニウム239を用いた22キロトンであった。
しかし長崎の地形が複雑に隆起していたため、熱線や爆風が遮られ被害の広がりを軽減したとされ、平たん地だった場合は広島の被害を超えたものになっただろうとされている。

その谷間の町に何があったのか。
敬虔なキリスト教信仰を、迫害の中も守り続けたカトリックらが肩寄せ合ってひっそりと暮らしていた土地であり、そこには東洋一を誇った浦上天主堂があった。
核爆弾の投下時刻にはこの天主堂ではミサが行われており、当然ながら全員が死亡している。
見るも無残な瓦礫の山に、石造りの建物の一部だけが残された。
ヨーロッパ戦線で連合軍機により大規模な空爆を受けたドイツ東部のドレスデンの被害を彷彿とさせるような瓦礫の光景だった。
しかもナチスと戦った連合軍ならドレスデンの被害を見てもあまり反応はないのだろうが、長崎ではローマ・カトリックの教会が破壊されている。この違いはあまりにも大きかったはずだ。

日本におけるキリスト教の歴史はフランシスコ・ザビエルが1549年に来日したことから始まる。
その後1614年に徳川家康によって禁教令が敷かれ、1637年の島原の乱でキリシタンへの取り締まりが強化された。
幕末の出来事として、大政奉還が1867年11月、王政復古が1868年1月、明治天皇の即位が同年10月であり、浦上地区のキリスト教信者が大浦天主堂にマリア像を拝みに来たのが1865年。
徳川家康の禁教令から実に250年の空白期を隠れキリシタンとして信仰を守り通したのが浦上の人々だった。
そこへ連合軍が核爆弾を投下し、浦上天主堂もろとも貴重な歴史の証人である信徒たちを焼き尽くした。

記録によれば浦上のカトリック信徒らは30年の歳月をかけて赤レンガを一枚一枚と積み上げ、大正14年に双塔の高さが26メートルという東洋一の聖堂を完成させたとある。
これが一発の核爆弾によって破壊され、わずかに赤レンガの壁だけを残して壊滅し、夜になって炎上したらしい。
石で彫られたマリア像が黒焦げになった姿は現在原爆資料館に展示されている。

終戦直後に被害状況を調査に来た連合軍の調査隊は、この天主堂の瓦礫を前に言葉を失った。
黒焦げになった聖母像がうつろな目を空へ向けている。
地中のセミの幼虫までが焼き尽くされたためにセミの鳴き声さえも聞こえない、まるで別の星にでも行ったように完璧な静かさだったと、従軍カメラマンは後に証言している。
この天主堂の瓦礫こそが世界に核兵器の脅威を知らしめるもっとも効果的な光景だ、とも証言した。
ばらばらに崩れ落ちた廃墟に正面の壁がかろうじて残っている。それは広島の原爆ドームなどとは比較にならないほどショッキングな光景だった。
キリスト教の国が、東洋一の天主堂を破壊した。
その光景が世界に広がることはアメリカにとって計り知れないダメージになる。
ボックスカーのチャールズ・スウィーニー少佐が雲の切れ間から長崎市街を確認しただけで手動投下を急いだ結果がアメリカ全体の苦悩を産み出す原因となった。

ボックスカーは投下時点での残燃料は約1000リットルで、テニアンまではとても帰り着くことができないために沖縄の読谷飛行場に緊急着陸をした。その際の残り燃料は26リットルだったという。
そのことでスウィーニー少佐は英雄扱いされることになったが、彼もまた浦上天主堂の廃墟の写真を見せられて声を失ったと言われている。

長崎では原爆被害に遭った建築物を紹介する際、城山小学校や長崎医科大学などの資料写真が出て来るが、浦上天主堂の瓦礫をこそ紹介すべきであってそれ一枚だけで世界を震撼せしむるに十分な威力を持っている。
ところがその写真はあまり公表されて来なかった。
終戦直後の長崎市議会では浦上天主堂の被曝遺構は保存されるべきだという声が圧倒的だった。当時の田川務長崎市長も当初は保存に賛成していた。
これを受けてアメリカ政府は田川市長の抱き込みを計画し、アメリカへ招待して各地を歴訪させた。
帰国後田川市長は手のひらを返したようにこう言い放った。
「原爆の必要性の可否について国際世論は二分されており、天主堂の廃墟が平和を守る唯一不可欠のものとは思えない。多額の市費を投じてまで残すつもりはない」
市議会では保存の議決を出していたことから紛糾したが、結果的に天主堂の廃墟は破壊撤去され新しく礼拝堂が着工されるに至った。

長崎で禁教令に隠れて250年もの間信仰を守り通した奇跡は、ローマ法王の耳にも届いていて長崎の奇跡は世界中に知れ渡っていた。
そのためにアメリカ政府はこの廃墟が残される限り、永遠に世界から白い目で見られることになり、どうあっても撤去させなければならない必要があった。
その意味では広島の原爆ドームと浦上天主堂では比較にならないほどの大問題だったのである。
ところが一方の浦上のカトリック信徒らは、自分たちの礼拝の建物がなくなった不自由さから解体撤去を急ぎ、新しい教会を早く建設したいという要望を出して来た。
市は廃墟の保存をするために別の土地を用意しようと妥協策を提示したが、別の場所では意味がないとして信徒らは聞き入れなかった。
田川市長の手のひら返しに追い風となるように信徒らは解体撤去を求めた。

個人的な推測だが、アメリカはバチカンに手を回して浦上の信徒たちに圧力をかけたのではなかったか。
今となっては答えを見つけることは不可能だ。

最後に言っておきたいことがある。長崎の平和公園のすぐ横に「原爆落下中心地」があるが、この名称は正しいのだろうか。
「落下」とは「自然に」とか「図らずも」とかいった意味があるが、これはあくまでも「投下」である。
今からでも遅くないので「原爆投下中心地」に改めるべきである。
浦上天主堂の廃墟の解体撤去に譲歩した長崎市は、「原爆落下」などといった譲歩までする必要はどこにもない。





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