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アメリカの愛国心って?

アメリカの歴史教科書で学べば、誰もがアメリカを好きになります。そうケント・ギルバート氏は百田氏に吹き込んだ。その延長線上に「日本国紀」が誕生した。これは百田氏本人があちこちで吹聴しているから有名過ぎる話。

しかし私は首をかしげる。「だとすれば、アメリカの歴史教科書は本当のことを書いていないのではないか?」と。

アメリカの歴史の真実を知れば5人に4人はアメリカを嫌いになるはず(数字に根拠はありません)。 原住民を虐殺した開拓史にせよ、黒人奴隷にせよ、ペンタゴンペーパーにせよ、ウォーターゲートにせよ、貿易戦争にせよ、月面着陸の疑惑にせよ、JFKの暗殺にせよ、貿易センターの第7ビルにせよ。どこに「世界に誇れる」ものがあるだろう。パパ・ブッシュは亡くなったが、バカ・ブッシュのことは50年間秘匿されるんだろう。

かつてルーズベルトがソ連の対日参戦を促した話は前回やった。

ペリーが浦賀に来たのも、元はと言えば捕鯨船団に燃料と水を確保したかったから。今になって「クジラを守れ」と言っても筋が通らない。脂をランプで燃やした後は全部捨ててたんじゃないか。CWニコルさんが詳しく説明しているぞ。

敗戦国の日本に来た占領軍の米兵は、日本のホームレスが新聞を読んでいるのを見て驚いた。「文字が読めるのか、この国民は!」

李承晩が勝手な国境線を引いた時、黙って見ていたのはマッカーサーだったじゃないか。竹島問題はGHQの置き土産なんだよ。

百田さん、少しケントに洗脳され過ぎているんじゃない? ロクなことやってない点では中国や韓国と何も違わない。



ちなみに「虎8」で嫌いなのはケント氏と藤井氏。話の主題がアメリカに置かれているから。青山氏や竹田氏のように日本のことを語ってくれ。

「新元号を早く知りたい」ってケントさん、あなた日本のことがちっともわかっとらん。ドーナツ食って肥満になってるだけじゃん。朝鮮半島とは別の意味で、アメリカの影響力は増やしてはならない。出でよ、甘利さん!

(これは個人の感想です)





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現代人が知るべき歴史

Wikipediaからの引用、「フランクリン・ルーズベルト」より。

1945年2月4日から11日にかけて、ソビエト連邦クリミア半島のヤルタで、ルーズベルト、チャーチル、スターリンによるヤルタ会談が開かれ、大戦後の国際秩序や発足が議論されていた国際連合についての協議が行われた。また、日本の領土分割などについても話され、ヤルタ会談ではこれが秘密協定としてまとめられた。この会期中2月9日に開かれた英米軍事会議においてルーズベルトは、チャーチルから「戦争が1年でも半年でも短縮されるならば意味がある。」としてドイツ、日本との戦争終結に際しての降伏条件に何らか緩和するように提言された。それに対しルーズベルトは「そうした考えは、世界情勢に無知であり、今なお自国に有利な譲歩を得られると考える日本人に、そのような条件緩和を行うことが有効だとは思えない。」と一蹴し、あくまでも無条件降伏を要求し続けるとの姿勢を固持した。そしてヤルタ会談においてルーズベルトは、ドイツ降伏後も当分の継続が予想された対日戦を、降伏条件を緩和することなしに早期に終結させるため、スターリンに対し千島列島、南樺太のソ連への割譲を条件にドイツ降伏後3ヶ月以内の対日参戦を要求した。




Wikipediaからの引用、「ヤルタ会談」より。

スターリンが、具体的な時期を明らかにして対日参戦の意思を示したのは、1943年10月のモスクワでの連合国外相会談の際で、ハル国務長官に対して「連合国のドイツへの勝利後に対日戦争に参加する」と述べたことを、ハルやスターリンの通訳が証言している。ヤルタ協定はこうした積み重ねの上に結ばれたものだった。ドイツが無条件降伏した1945年5月8日の約3ヵ月後の8月9日、スターリンはヤルタでの協定に従って、ソ連は大日本帝国に宣戦布告し、満州国に侵入、千島列島と樺太を占領した。しかし、ソ連対日参戦の翌日(1945年8月10日)に、大日本帝国が「ポツダム宣言受諾」を連合国に通告したため、戦争末期(9月2日の日本の降伏文書調印まで)の極めて短期間の間に、ソ連の戦果に対して大日本帝国の領土を与えるという、結果としてソ連に有利な内容になった。

1946年2月11日に極東密約(ヤルタ協定)が公開された。

なお1956年に、共和党アイゼンハワー政権は「(ソ連による北方領土占有を含む)ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、アメリカ合衆国連邦政府の公式文書ではなく無効である」とのアメリカ合衆国国務省が公式声明を発出している。また、アメリカ合衆国上院は、1951年のサンフランシスコ講和条約批准を承認する際、決議において「この承認は、合衆国としてヤルタ協定に含まれている、ソ連に有利な規定の承認を意味しない」との宣言を行っている。




Wikipediaからの引用、「フランクリン・ルーズベルト」より。

ルーズベルトは共和党候補トーマス・E.デューイに勝ち、1944年11月7日に先例のない4選を果たした。しかしながら肖像画の制作途中、1945年4月12日の昼食前に脳卒中で死去し、副大統領ハリー・S・トルーマンが大統領に昇格した。その後、5月にはドイツ、8月には日本が降伏し、第二次世界大戦の終結とその勝利を目前にした死であった。





Wikipediaからの引用、「ハリー・S・トルーマン」より。

ルーズベルトが1945年4月12日に急死しトルーマンは大統領に昇格した。副大統領としての任期はわずか82日間であった。トルーマンは就任初日の気持ちを自身の日記に「私の肩にアメリカのトップとしての重荷がのし掛かってきた。第一、私は戦争の詳細について聞かされていないし、外交にもまだ自信がない。軍が私をどう見ているのか心配だ。」と記していた。スターリンは前任者のフランクリン・ルーズベルトと対極的な、威厳も貫禄もない粗雑な小物が突如として大統領の地位を獲得したことに愕然とし、アメリカへの不信を募らせることになった。(中略)トルーマンは外交経験が全くない上に、ルーズベルトとはわずか1度しか会っておらず、戦争の進捗や内部の情報は全く聞かされていなかったのだ。この当時ヨーロッパ戦線ではナチス率いるドイツが降伏間近、アジア・太平洋戦線でも連合国軍が日本を追い詰め、戦争をどう終わらせるか舵取りが求められていた。また、戦後の国際秩序を決めるソ連など連合国との駆け引きがトルーマンの肩にのし掛かっていた。1945年7月にはポツダム会談に参加した。7月26日にはアメリカ、イギリス、中華民国の3国による「ポツダム宣言」が発表されたが、三カ国代表のサインはトルーマンによって書き上げられた物であった。それには、日ソ中立条約を結んでいるソ連抜きで戦争に勝利したい意図があった。戦争に勝てないと判断した大日本帝国政府は、7月12日、ソ連にいる日本特命全権大使(佐藤尚武)宛に、ソ連に和平の仲介を依頼する特使を派遣する予定であることを伝えるよう打電した。そのパープル暗号電報は即座に解読され、トルーマンに知らされた。トルーマンは、大日本帝国政府が和平の動きに出たことを知っていたことになる。 ポツダム入りした米陸海空軍参謀本部は、首脳会談の前に合同会議を持ち、「ソ連が参戦する予定であることと、天皇制存続を認めれば、日本の降伏は今日にでもありうる。日本はすでに壊滅状態で、原爆を使う必要はなく、警告すれば十分」との結論を出した。しかしトルーマンは、その結論を信用しなかった。1945年7月に、国務長官となったジェームズ・F・バーンズは、天皇制の護持が容れられれば日本には終戦交渉の余地があるとする国務次官・ジョセフ・グルーら三人委員会とは正反対の路線であり、三人委員会の提言を独断で黙殺し、東ヨーロッパで覇権を強めるソ連を牽制するために、日本に対する原爆攻撃を支持し原爆の使用を強く大統領に進言した。

トルーマンは、7月17日にソ連のヨシフ・スターリンと事前打ち合わせをした際、スターリンからソ連が(ヤルタ会談での密約通り)8月15日に対日宣戦布告すると聞かされた。(中略)トリニティ実験から8日後に、陸軍長官のヘンリー・スティムソンがトルーマンのもとを訪ねた。京都を原子爆弾投下の目標から外すように言ってきたのだ。マンハッタン計画の責任者である、レスリー・グローブスらが一般市民が数多くいる京都を目標として検討していたからだ。スティムソンは、かつて京都を二度訪れたことがあり、原爆を投下すれば数多くの一般市民が犠牲になることを知っていた。こうしたスティムソンの訴えにトルーマンは「全く同感だ」と答えた。トルーマンの7月25日の日記には「原爆の投下場所は軍事基地のみに限る」と書いてあった。しかしその後、軍から送られてきた目標選定書に最初に書かれていたのが広島で、そこには広島は軍事基地であると書いてあった。トルーマンは広島について調べる暇がなかった為、京都と広島を勝手に拡大解釈し、広島に多くの一般市民はいないと思いこんでしまった。その結果トルーマンが広島を外すことはなかった。そして7月25日に、アメリカ軍が起草された原爆投下指令書が発令された。これをトルーマンが承認した記録は見つかっていない。

(中略)

陸軍の完全な機密保持下に行われた原爆開発は戦後見直しを計られ、トルーマンは1945年10月に議会に対し原子力に関する教書を送った。それは原子力開発に関する管理体制についての物であった。翌年の8月には原子力法案が成立し、原子力委員会(AEC, United States Atomic Energy Commission)が作られた。1953年1月7日にトルーマンは、水素爆弾の開発を発表した。こうしてトルーマン自身は生涯、原爆投下を正当化し、アメリカでは未だに「戦争を早期終結に導きアメリカ将兵の命を救った大統領」という評価が定着している。

引用ここまで。




以上がWikipediaからの引用なのだが、これらがすべて事実だとは断定できないものの、一つの見方であろうことは確かだろう。ただし、こうした戦時中およびヤルタ協定や原爆投下目標地などに関しては、ほぼその一切を日本の歴史教育は避けて通って来た。ルーズベルトの人種差別主義とトルーマンのあまりの無知。そしてスターリンの悪賢さ。チャーチルの自分勝手。そうしたことは日本人は学校で習って来ていない。ルーズベルトがやった日系人の強制収容と個人資産の没収は、ナチスがユダヤ人に対しておこなったことと何も違わない。ただガス室を用いなかっただけのこと。毒ガスこそ使わなかったものの、原爆の開発許可を与えたのもルーズベルトだった。そして現在の中国がウイグルに対して行っていることも全く同じ。米国は中国を非難できないし、英国がロヒンギャ問題に口を出す資格もないということ。

しかし戦後73年間の日本が歩んできた道のりは、こうした知識がなければ理解も解読も不可能なのだ。良い時代が来たと言えばそうかも知れない。誰でもWikipediaに触れることができるからだ。

繰り返そう。「これらがすべて事実だとは断定できないものの、一つの見方であろうことは確かだろう。」

百田尚樹氏は語った。「歴史を英語では『ヒストリー』と言うが、これは『ストーリー』と同語であって同じ一本の川なんです。だから箇条書きにはできない。歴史教育を年表化して箇条書きにしたのは受験勉強に使えるから。」

歴史とは「覚える」ためのものではなく、理解して未来に役立てるためのもの。

本ブログの昨年(2017年)7月27日の記事「関東大震災 朝鮮人の犯罪」において朴烈(パク・ヨル)のことに触れた。少し再掲してみよう。

再掲ここから。

朴烈は在日本大韓民国民団の初代団長で併合当時の朝鮮独立運動を工作していた。そのために日本の治安警察から目を付けられており、関東大震災の二日後に爆発物取締罰則違反で身柄を拘束された。朴はみずから天皇の暗殺を計画していたことを供述したために大逆罪で告発された。1926年3月には死刑判決が下されたが天皇による恩赦で無期懲役に減刑され、日本が敗戦した1945年の10月27日まで約19年間を獄中で過ごした。

朴烈は戦後に出獄すると、無政府主義から反共主義へと転向した。大逆罪(=皇室に危害を加えようとした罪を意味する)を受けたという知名度を用いて、在日朝鮮人の組織の結成を目指して1946年に新朝鮮建設同盟を結成して委員長となり、同年10月3日に在日本朝鮮居留民団を結成して初代団長に就任した。しかし1949年の団長選挙で再選されず、失意の内に大韓民国に帰国した。帰国後は李承晩の勧めで国務委員(大臣に相当)に任命されて政界進出に意欲を見せていたが、翌1950年6月に朝鮮戦争中にソウルを占領した北朝鮮軍に捕えられ、北朝鮮へ連行されスパイ容疑をかけられて処刑され、1974年に刑死した。

再掲ここまで。

「1946年に新朝鮮建設同盟を結成して委員長となり、同年10月3日に在日本朝鮮居留民団を結成して初代団長に就任した」ということは戦後GHQによって占領統治されていた時期に日本国内に民団が結成されたということであり、GHQが容認していたということになる。「植民地(例:フィリピン)」とか「奴隷制度(例:黒人)」などという認識は日本ではなくアメリカが持っていたものだった。つまり朝鮮・韓国の被害者意識というものはアメリカが持ち込んで来たということになる。現在の日韓関係の悪化の原因は、アメリカのジョージ・ワシントンの昔にまで遡らなければならないことだった。

直近では帝政ロシアが赤軍革命によって社会主義に変わり、その後のルーズベルト政権の頃にはアメリカに大量のソ連スパイが入り込んでいた。それを解くカギがヴェノナ文書。そして、それらがGHQの名の下に敗戦日本へやって来たということ。だから「ヤルタ協定」その他の東アジアの分断計画とはコミンテルンの意のままになっていた。それがいま、白日の下に暴かれようとしている。朝鮮半島が南北に分断されたのも同じ座標軸の上にある。

いみじくも韓国人が教えてくれているではないか。「歴史を忘れた民族に未来はない」と。「それ、貴方がたは知ってるの?」



皆さん、ご機嫌よう。







モルゲッソヨ像 ふたたび

「千葉県野田市で小倉良夫さんの応援です今起こり猿馬見れんだろ大会なの小倉の日のお風呂日本中4代目の枕にメールお願い泊なっている心も離れてない練習ご紹介の命の言葉としての勉強」

誰かこの意味教えて。どこかの誰かのツイッター。

これを笑いものにしたのが虎ノ門ニュースにゲスト出演したユーチューバーのKAZUYAさん。今年の流行語大賞の番外編なのだとか。あまりの可笑しさに体温が上がって寒さを忘れた。



しかし百田さんが韓国平昌冬季五輪会場に現れた「モルゲッソヨ像」を紹介した際の録画を出したところ、このKAZUYAさんはこう言った。

「こういう像は善し悪しあれど平和的なんだと思うんですよ」

この発言を聞いて私はびっくりした。居島さんも百田さんもKAZUYAさんも、このモルゲッソヨ像の正体を知らなかったのだ。「モルゲッソヨ」という韓国語は日本語に訳せば「知るかそんなもん」という言葉なのだが、あの像はアメリカ軍に捕らわれたイラク戦争当時の捕虜が、アブグレイブ刑務所に収監された際に、管理していた米軍関係者によって虐待された際の証拠写真にそっくりなのだ。つまり韓国の地方に住む人々は気付かないにせよ、明らかにアメリカを非難する意図が込められていたものであって、KAZUYAさんが言うような平和的なものではまったくない。

このことは当ブログにおいてすでに発表していたものだったが、誰も気付かずにいたことに驚きを隠しえない。

そもそもカリフォルニアのグレンデールなどに建てられた(いわゆる)「慰安婦少女像」にしても、あれは在韓米軍の装甲車に轢死させられた二人の女子中学生を象徴する目的で作られたものだったが「反米感情を煽る」として韓国政府から厳しく差し止めされたために、ずっと倉庫にしまい込まれていたもの。それが反日感情の高まりを受けて「慰安婦少女」にすり替えられたものだった。だからイスが二人分あるのであって、つまり「慰安婦少女像」にせよ「モルゲッソヨ像」にせよ韓国国民に反米感情を植え付ける狙いがあったということ。つまり朝鮮半島から米軍基地を追い出したい北朝鮮の企みがあったということ。米軍慰安婦の110人が賠償訴訟を起こしたのも北朝鮮の狙いがあったということ。

それくらいのこと私でも知っているのに、どうして居島さんや百田さんが知らないのかが不思議でならない。

日本語になっていないツイートには笑わされたものの、訪韓したトランプ大統領に竹島エビを食わせ売春婦ばあさんを紹介した文大統領が北朝鮮の選手団を歓迎したあの冬季五輪のことを、忘れ去るにはあまりに早すぎる。




ここではっきり言っておこう。「あのモルゲッソヨ像は、とてつもない反米のシンボルなのだ」と。あれが文や金の本性なんだと。







うーん

ここんとこ悩んでたのよね。日本の内外で起きている事象を正しく把握できているのだろうかと。

好き嫌いで物事を表現するのは簡単で良いが、簡単では済まされないのが後世への責任。無責任な発言は慎むべきだと。

だが、過去の歴史については自分なりの解釈をしなければ「学校で習ったから」と言って責任逃れをしたのでは済まされない。「先生がこう言ったから」「教科書にこう書いてあったから」、それが普通なんだけど、戦後の日本は普通じゃなかったのよね。おかしな事を正しくするのは自分の努力だと思う。「池上さんがそう言ったから」とか逃げるのではなく。

ただ、今日の虎ノ門ニュースの青山さんの話を聞いてみると、いかに安倍内閣が舌足らずなのかがわかって来た。和田が「人手不足だ」と主張しているのも、そっちの「舌足らず」に含まれるのかそうではないのか。

「働き方改革」を言う前に、まずは日本人の「暮らし方改革」をやるのが先なのではないか。東京の地下鉄やバスを24時間運行しようとする都知事もいたが、「そっちじゃないでしょう」ということ。不必要なことをするために外国人労働者が必要になるのではないかということ。深夜営業のコンビニに頼るのであれば、日本人はもっと「生活の知恵」を出せということ。街灯さえあれば深夜営業のコンビニは必要じゃないってこと。少なくとも全店でやるべきことじゃないってこと。

なぜそっちに議論が向いて行かないかと言うと、それが「スポンサー社会」だから。「使い捨て生活」が進めば進むほど企業の利益につながるから。台所洗剤には何と書かれている? スプーン小さじ1杯で何リットルの洗剤が作れますとある。しかしCMでは原液を使うと除菌ができると。コレ詐欺じゃない?

だから素浪人も、ちょっと足を止めたのよね。

フランスが何をやり、ドイツが何をやったとしても、日本は日本の歩むべき道があって、安倍総理には国民へ対する説明責任があるわけ。虎ノ門ニュースで気付かされるようでは政府の価値がないというわけ。

安倍総理への信認は高いけれど、決してあの人は説明が上手くないから。だから青山さんが解説してるんじゃない。
しっかりしてくれよ。



明日はどっちだ

ファーウェイの副会長がカナダで逮捕された。身柄要求をアメリカ政府が出している。この女のことはニュースをお読み頂くとして、なぜこのようなモバイル通信関連の中国企業が狙い撃ちされるに至ったかというと、そうした先端技術が人々の幸福につながるのではなく、あらゆる技術を盗もうとする手段に使われていたことだ。

韓国製のLINEの危険性も問われていて、ソフトバンクもどうなるか知れない。

こうした「民衆の幸福」を求めるのではなく、個企業や特定国家の陰謀に加担するシステムは、今後あらゆる分野で排除されて行くことになる。

それがヒラリーではなくトランプを選んだ結果であることは議論を待つまでもないこと。

ヘイデン法やコミンテルンに関するヴェノナ文書のことなど様々な歴史上の事実が次々と明らかになって来ている現在、もはや韓国の歴史認識は日本を攻撃する手段ではなくなってしまっているし、アメリカ・カリフォルニアにおける慰安婦少女像の一件も「他人事」ではなかったことが明らかになっている。(ヘイデン法はビル・クリントンがそそのかしたアメリカ人弁護士が画策したことだったから)

ヨーコ物語に書かれた「朝鮮人の暴虐」が事実であったことが裏付けされつつあって、朝鮮戦争当時の韓国大統領(李承晩)や兵士の逃走がつまびらかにされることによって、現在の文政権をトランプ政権が無視していることも「無理はない」とする理解が世界に広がっている。つまり「日本軍の強制連行はウソなのでは」という認識が急速に広がっている。この流れは止められない。

だから沖縄の知事が何を言おうと主張しようと相手にされなくなりつつあるのは確かなことで、その背後にある中国共産党の影響力は、ウイグル問題で崖っぷちに立たされている。デニーは文と似たような立場に置かれているのであって、足もとを確認する必要がある。

さて、そうなると世界にネットワークを張ったコミンテルンの逆襲が始まる時期に来ている。例えば辻本なにがしとか、どこかの生コンとか小池のおじさんとか。だが、彼らには武器がない。あるとすればそれはメディアの協力だったが、メディアはスポンサー無しでは動きが取れなくて、スポンサー各社は徐々に軸足をネットに移している。そこに勝機を見出そうとしたソフトバンクだったが、ファーウェイの失脚のとばっちりが来そうな雰囲気。ここは一発松田のヒットが待たれるところ。派手なガッツポーズをするが良い。

防弾なにがしが福岡ドームで来年2月にコンサートをやるとか。九州女の知的レベルが知れるところ。

今ここ。

それまで韓国政府は続いているのだろうか。だってファーウェイが風前の灯なんだよ。ルノー・サムスンの明日も見えないんだよ。つながっているんだよ。来年2月と言えば、キンペーへの追加関税執行猶予の90日後じゃねーか。



「明日はどっちだ」(あしたのジョー)




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硬派と軟派の二重人格がまき散らす猛毒 ショック死しても知らないよ

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